「動詞の活用」を教える
何も文法を知らなくても、日常生活に支障はない。学校教育の必要は分かるとしても、こればかりは、全く下らぬ勉強になるのではないか。「動詞の活用」なんて、分かって、何の役に立つというのか。中学の時の”悪夢” […]
「身捨つるほどの祖国ありや」
今住んでいるマンションの掃除日。19所帯のうち、8人しか参加しなかったが、廊下や階段の洗浄や掃除に汗を流した。そして、管理組合の会議もあり、地域自治会の要望について話し合った。なにか地域社会で共生して […]
「教え方がメチャ上手」
昼休み、学校の自動販売機でアイスを買っていたら、やってきた生徒たちに声を掛けられた。 「先生、いつからおるん?」わたしの知らない生徒たちだ。 「今年からだよ。」 「ふうん、何を教えているの?」 「国語 […]
「上智と下愚は移らず」
京都への車中、沢木耕太郎著『作家との遭遇』を読んでいて、山本周五郎に出会い、この論語の言葉を知って、ふっと心が軽くなる。精神的にも経済的にも追い詰められ、不遇と孤独に悩まされていた若き日の周五郎の日記 […]
”イダキ語”
「ピアノが語り掛ける」というような音楽評論を聞いたことがあるが、16日の京都、東山のイダキシン・コンサートは、まさにそれを体験した。 即興で演奏されるピアノの音は、まさに優しく体内に染み込み、わたしの […]
言葉と意識
言葉と意識 オグデンとリチャーズの「意味の三角形」が、「言葉の本質的機能を説明する際の重要かつ根本的な誤りがある。」と教科書の指導書にあったので、ショックを受ける。まるで天動説から地動説 […]
詩:「金剛山山頂」スポット
「金剛山山頂」スポット 「金剛山頂ライブカメラ」スポットというのがあって そこへ是非行ってみたい、と高二のFくんが言うので 午後の自由時間に、もう一人Iくんも誘って案内する キャンプ場か […]
熱意
昨日、Sk高校で、高一生に「古典文法」の第一歩、「動詞の活用」を教える。5クラスに。ただでさえ、勉強したくない連中に、「何の役にも立たない文法」を説く大変さ。活用表のプリントを配布しても、何を書いてい […]
「憂い」よ、去れ!
憂い:わたしの声は、たとえ耳は受け付けなくとも、胸にはしっかり答えましょう。 わたしはさまざまに姿を変えて、恐ろしい力をふるいます。陸の旅でも、船路でも、 いつも不安を吹き込む道連れです。 ファウスト […]
圧倒的な美の体験!
びわ湖ホールの「高句麗伝説」に行けて良かった。「なんとか行けた!」というのが正直なところだが、その「圧倒的な美」のシーンがすべての憂さを忘れさせ、心も頭も体までも綺麗にしてくれた。日常生活の汚れ、抜け […]
感情過多
会話は、「感情のバターを載せたトースト」のように、とある人がむかし言い、わたしもそれを心がけている。無味乾燥な用件や情報の交換だけでなく、少し思いやりや気持ちを込めて、情感のある話し合いがいいと思うか […]
「思考停止」は避けたい
もう20年前に発表された、劉慈欣の空想科学小説『詩雲』のテーマが面白い。「神と呼ばれる種族が、超テクノロジーを使って詩を書くのですが、結局、李白が残した詩にはおよばない。」と作者自身が語っている(文庫 […]
憲法改定を!
未だに釈然としないのが、スーダンへの自衛隊派遣だ。戦争が激化した街からの邦人救済のため、速やかな行動をとり、ともあれ無事帰国を成し遂げたことには賛意を表すばかりだが、なぜ民間の力でなく、自衛隊が派遣さ […]
「日本語の問題点」
「日本語の問題点」 雨が降ってきた。( ※ )わたしは外に出かけた。 ※印に入る接続詞は、簡単に分かるだろうか。ふつうは、逆接の「しかし」や「けれど」が入ると考えるだろう。 […]
詩:友を求めて
友を求めて 昔からわりとだれとでも友だちになれた しかし、真の友はいなかった 今もだれとでも親しく付き合うことはできる しかし、真の友には出会えない ずっと「親友」を求めて、しかし、それ […]
「あとどのくらい」
「私も年を取って、あとどのくらい生きられるか、分かりませんが……。」という文面の手紙をよく受け取る。その度に複雑な気持ちになる。そもそもこの「私も年を取って」は、「夜も更けてきました。この辺でお開きに […]
“春もたけなわ”
すっかり葉桜になり、榎や楠の新緑が美しい。そして、藤の花の紫が輝いている。まさに「春もたけなわ」である。「いかがお過ごしですか」という手紙を書きたくなる季節だ。ところで、「春はたけなわ」というと、少し […]
「坊守夫人」
行けば必ず夕食を振る舞ってくれる。必ずお土産もくれる。先日は、誕生日祝いだとか、祝い金と採れたてのイチゴとケーキ、赤飯まで下さる。さらには、通信用に切手までたくさんもらってしまう。――恐縮と感謝と歓喜 […]
言葉の病
「もう一人暮らしは寂しくてたえられないかも……」 一浪して、やっと京都の大学に行くことが決まったAが会いに来て、開口一番そう言ったので、もう呆れてしまう。まだ、下宿暮らしはやっていないのだ。そして、「 […]
詩:TO BE IS TO DO
TO BE IS TO DO 河口の、かなり川幅が広くなってしまったところを 飛び石づたいに渡って 満ち潮が岩を洗って、苔も滑りやすく、かなりリスキーな、挑戦でもあった だが、どうしても向こうまで […]
一日に何度ものチャンス!
昨日、S夫人のサロンで、高麗恵子講演会のDVDを見て、 大いなる存在と一つで生きていれば、一日に何度もチャンスはある! という言葉にすっかり気が良くなってしまった。でも、その条件節が、「被って生きてい […]
対象を必要としない愛
昨日の生駒山縦走もそうだったが、一昨日のコンサートは、もう気持ちがよくて、まさに安心立命、「ここにいる」ことを身体も頭も心も満喫していて、言葉を必要としなかった。ただ、メッセージの中の、「本性の愛は対 […]
『ファウスト』読了
「人間は努力する限り迷うのだ」(317)から始まって、「どんな人にせよ、絶えず努力して励むものを、わたしたちは救うことができます。」(11937)まで、全編人間存在の虚無でないことを教示しているように […]
「魂」の世話
まあ、そんなに卑屈になることもあるまい。 さりとて無知蒙昧を宣言して、享楽に走ることもあるまい。 多くの人と出会い、新しい関係を創り、わが魂を優れたものになるように気を遣いたい。 おかげで、賢人の言葉 […]