生きていける!
昨夜コンサートを終わって湖畔に出たら、いきなり花火が上がった! そして、明るく美しい月の姿も望める! 「高句麗伝説」を体得した私たちを祝福してくれているにちがいない。「聖なる夜」クリスマス・イブで、坂 […]
「まじめ」な生き方で
明日の「高句麗伝説」に招待しようと思った人が、「私はあなたみたいにまじめに生きてはいないので」云々と言ったので、一辺に嫌になってしまった。その人はまだ65歳になったばかりなのに、もう「世捨て人」を気取 […]
表現としての参加
ご無沙汰の人へのに、「国語塾活動と学校と民謡研究、そして表現活動の毎日です。」と書いて、ハッと気づいたのは、「いだき」の講座やコンサートに受身で参加していてはだめなのだということ。どうしても「受講」意 […]
言葉が先行しすぎ
確かに言葉は大切だが、大切な言葉の下敷きになっている人も多い。なによりわたしもそうなのだが、意識は言葉で理解するから、とかく「ねばならない」とか、「あれはいけない!こうすべきだ。」と思い込み行動してし […]
成果
高槻から個人レッスンに来ている女性に、「いだき」の話をし、「高句麗伝説」のパンフレットを見せ、奈良のコンサートに行ってみないかと誘ったところ、その日は予定が入っていたが、何とかすると言って、チケットを […]
二項対立思考をやめる
「感情」を「理性」との二項対立で捉えていては、何もわからないということに気づいて、我ながら驚きあきれている。そして、先生は、そのようにはものを受け止められていないのだ、だからすごいのだというようなこと […]
『源氏物語』を読み直そう!
『源氏物語』は情愛のことばかり描かれている、先月の応用講座で先生が話されていたが、学生時代通読して、葵上の車争いや、玉蔓の運命的な展開のみが面白かったと、教授に話し笑われたことを思い出す。(ただ、岩波 […]
舞い上がって
愛媛大学に今年入った教え子は、いつも夜中に電話してきて、自分がいかに幸運に恵まれているか、素晴らしい出会いと勉学の機会に恵まれているかを、それこそ踊るように語るのだ。彼女との出会いと別れ、友人たちとの […]
埋め立て始まる
かつて民謡研究で農村部を歩いていると、農家のほとんどの人が「減反政策反対」を訴えていた。目の前にある田んぼが休耕田として放棄されているのを見て、なるほど農民の気持ちを踏まえての政策でないと憤慨していた […]
「考える」ことは「問う」ことから
よく講座で、「なにかありませんか。なんでも言ってみれば!」と先生がおっしゃるのに、なかなか声が出ないことがある。質問できないということは、あまり深く考えていない証拠と、自分の不勉強を責めてしまうのだが […]
触発
今年ほどドラマティックに展開したことはなかった、と愛媛大学の共創学部に入学したMくんは声を弾ませる。宇和島の親戚の養殖業を手伝ったことなどから、自分が関心を寄せる「薬草栽培」で地域おこしを考え、志望し […]
「当て」は一杯ある!
「生活に困らないが、生命縛られている!」という高麗先生の書き込みの言葉が胸に響いている。金がないので参加を渋っている知人に、金を出すから行こうと誘ってみることにした。こっちもないけれど、なに、働いて稼 […]
初雪に会わずとも
標高900mの六甲山上は、さすが風は冷たく、霜柱が道にできていた。しかし、今年の雪には会えなかった。それでも、山道を歩くと、いろんな考えが出てきて、整理されていく感じがするのでうれしい。フランスのデモ […]
「全い」の読み方
「全い」ってどう読むのだろうか。「全い」白いコーヒーって、どんなものだろう。ふつうには、「まったし」で、「すべてそろっていて不足のないさま」を意味する。また「またい」という語も中世の狂言に出てくる。「 […]
沖縄のこと
とうとう土砂投入が始まるという。現地の人々の反対を押し切って、なぜ辺野古に基地をつくろうとするのか、政府の意図が理解できない。日米安保条約や地位協定を盾に強引にやろうとする強い意志ばかりが見えて、沖縄 […]
「離脱」
先日の応用講座で先生が、「早く離脱したかったのだ。」と言われて以来、頭に「離脱」がこびりついている。何か哲学用語なんだろうか。やっと読んだ『アナキズム』(栗原康著、岩波新書)の中にも散見する。アナルコ […]
美しい月に近づく!
大きな月があまりにも美しいので、つい東の方へバイクを走らせてしまう。この金色の月の光に繋がって安心できる在り方こそ、昨日の応用講座と存在論の受講の成果のように思える。これまでとは違う道を見つけたのだと […]
詩:予感
今年初めて銀杏並木に出会ったような気がする まだ緑の残っているところもがあるが健気に黄葉して ひんやりした秋の空に向かって、ある方向を示している 愛についても、命についても、体についても わたしには分 […]
今日の喜び
今年も秋田からリンゴが届きそうだ。お昼に横手市増田のおばあさんから電話があり、「少しだけれど秋の味覚を送ります。」と。そのおばあさんとは、もう10年以上前に、その地に伝承されていた民謡(「さいさい節」 […]
「アナーキズム」
新聞広告に、『アナーキズム』という本が出ていたので、気になった。昔随分憧れたことも思い出す。有名なアナーキストと広島まで「平和大行進」を一緒したこともあり、その生き方に感銘したのだった。しかし、現実と […]
「考えるために病気になる」
読書会のために、『U理論』を読み返していたら、「人は考えるために病気になる」と言った患者がいる、という話が出てくる。「時間がないと言ってると、病気になって無理やり時間を与えられることになる。」と。やっ […]
❝レイオフ❞
非常勤講師の仲間に、「雇用契約見合わせ」の知らせが届いた。今年で59歳、来年からは年金が授与できると喜んでいた矢先に。一昨年、わたしがそうだったので身につまされる。何の落ち度もなく、問題を起こしたわけ […]
文章の力
とにかく表現することが大事だと思っているが、昨夜はそれに関して気づきがあった。人間らしく生きる、「食べる・寝る・着る・仲良くする」基本を守るために、まず「つながる」ことが大切だと思って、「通信」を編集 […]
「命」問答
先日、小学校三年生の男の子が、「先生、命って、どうしてできたんですか。」と聞いてきたので慌ててしまった。「命」について、このところ気になって仕方ないときだから。AIで「命」と同じものができるのかどうか […]
縄文珈琲味覚
先日、仙台の電力ホールで購入した“縄文珈琲”を飲んでみた。いざ、というときに飲もうと思っていたが、どうしても飲みたくなって。きっと体が要求したのかもしれない。おいしかった!というより体が喜んでいるのが […]