言葉を紡ぐ
(過日の応用講座で、「人を当てにしない」ことと「人と良い関係を築く」ことの難しさに思い悩んでいましたが、京都での「高句麗伝説」に参加し、「ここで、こうして生きていけばいいのだ!」という確信のようなもの […]
“復活”
“復活“ 今年の復活祭は3月31日(日)だっとか、すると、もう三十四日も経ってから、わたしは「復活祭」を迎えていることになる。なに、ドストエフスキーの『罪と罰』を再読して、そのエピローグに感動し […]
弱音を吐くな!
「先生!弱音さ吐かずに頑張ってけれ!」 歯の治療が終わったところへ、秋田の90歳のR子さんから電話があり、激励されてしまった。この間、81歳になり、ちっとも大成できず、苦境の孤独を詩に書いて、知人 […]
脱「頽落」
行く春ならぬ、もう初夏の山歩きを、昨日、知人と楽しんだ。木陰の風はひんやりとして気持ち良く、尾根筋の山ツツジ(コバノミツバツツジ)の薄紫の輝きは、異次元の存在に巡り会えそうだ。 山ツツジ もう一 […]
詩:わが顔
わが顔 自動車免許の更新に伊丹まで行く 長蛇の列に並んで手続きと支払い 心配した目の検査はあっさり合格 最後に写真撮影で手続き完了だが 新しい免許書の写真を見て、すっかり嫌になる、意欲をなくしそうだ […]
詩:ムスカリ
ムスカリ なぜか青い花には魅かれ、足が止まる 聞けば、ムスカリという外来の園芸種 調べると、寛大な愛、明るい未来の花言葉 しかし海外では、失意とか憂鬱とからしい 私もこの両方の心あり、魅せられたのかも […]
リベラリストとして
やっと夙川河畔の桜が開花し出した。空があまりにも朗々としだしたので、本を置き、ちょっと外出しようと家を出たのであるが、あまりに気持ちがいいので、ベンチに腰掛けて日光浴を楽しむ。幸せそのもの! 心配ばか […]
陽光に誘われるように
陽光に誘われるように 昨日までの悪天候が嘘みたいに明るい晴天だ。午後ちょっと散歩にと思って歩き出したら、気持ちが良くて、ついつい浜の方まで歩いてしまい、結局3時間足らずの散歩になってしまう。心配してく […]
「言葉は存在の家」
たまたまネットで調べ物をしていて、「ハイディガーVS道元……」を見つける。『ハイディガーの哲学』の著者轟孝夫さんと、曹洞宗の南直哉さんの対談で、「語るべきところを語りうる」には、「記述の改造」が必須と […]
新しい朝を迎えて!
今まで、わが悩みを認めてもらいたくて、「分かち合い」などと調子のいいことを言い続けてきてしまった。少し困窮すると、「だれかわかってよ!」「助けて!」と叫んでいた。神社にお参りし、おみくじを引いて、一喜 […]
詩:「天佑神助」に近く
「天佑神助」に近く あいにくの雨とか、悪天候のためとか、言うけれど 花起こしの雨とも、恵みの雨とも、言うではないか ひとの側の勝手、言葉の綾、真実や本音を伝えない ハイディ […]
「ことばのコード」を変えなくては
文学研究やマスコミの言葉では、とうてい体験や社会参加の意味は語れないのだと思った。昨日、京都で、新聞記者OBたちの集いがあり、瀬崎圭二さんを迎えて、その著『関西フォークとその時代』(青弓社)の出版記念 […]
齢(よわい)・弱い・世迷い言
齢(よわい)・弱い・世迷い言 昨日、虫歯を抜いた。去年の春、別の歯医者に、「もう抜くしかない。」と言われ、それから通院せず、歯磨きだけ励行して、過ごしてきたのだったが、先日詰め物が取れたので、仕方なく […]
「他者感覚」
秋田の知人女性から長い手紙(返書)が届いた。そこに、あなたは「他者感覚の鋭い人」だから、さぞお辛かったことでしょうと、わたしの“筆禍騒動”による嘆きを慰撫してくれていたので、うれしいと同時に戸惑ってし […]
「わが人生は」
「わが人生は」 「わが人生は、言葉と出会い、自分に出会い、人と出会い、そして、神と出会っていく人生!」――“大和言の葉サロン”を開催し、メタファー(隠喩)について話し、実例として、その場で作ってみたも […]
「救い」の朝
イダキサウンド(21.7.20風のホール)と、知人がわざわざ送ってくれたコマゲシャ珈琲によって、救われた!「によって」などということも間違っているかもしれない。また、自分の軽率さと拙文によって、読み手 […]
「三分の一の哀しみ」
「三分の一の哀しみ」 (人生、三分の二の哀しみはなんとかなるが、三分の一の哀しみはどうしようもない。) 昨日、京都で「片桐ユズルさんを偲ぶ会」があり、参加し、「追慕」という自作詩を朗読し […]
記事削除
未明に電話あり。文章のモデルになった人から、ひどい偏見と思い込み、独断と批判され、すごく傷ついた由。正直な思いを述べたことが、思いもよらぬ結果を招いた反省と、文章を書く責任を痛感し、記事を削除しました […]
詩:雨の大和路
雨の大和路 車窓に、重く雨雲がかかっている生駒山が迫って来る 今日は、あの向こう郡山で「言葉サロン」を開催する その気持ちを煽るように、電車は急勾配を駆け上がる トンネルを抜け、雨に煙る […]
“知の巨人”に出会う!
“知の巨人”に出会う! 黒い竜が空に舞い上がっていくような西の空。東には久しぶりの明るい月が望めて、昂揚した気持ちを受け止めてくれている。大学生と話して、帰宅した。 なにかと迷いが多いか […]
詩:行方定めぬ山歩き
行方定めぬ山歩き 行方定めぬ端山の歩き 足の向くまま気まま道 夙川の土手を歩きながらもどのコースにするか、決まらぬままに 今日は少し長くあるくべし、しばらく本格的に山歩きしてないし 昨夜 […]
竜と舞う
年末ジャンボで5億円当たったら、と夢想していたが、やはりその方向ではなかった。 春分を越え、暮れなずむ琵琶湖畔のコンサートで、もう5億円以上の起死回生のときに出会い、すっかり舞い上がってしまった。そう […]
詩:琵琶湖の畔のコンサート
琵琶湖の畔のコンサート 明るい春の朝の空 ほんとうに笑うような六甲連山 遠く摩耶長峰山のピークがエールをくれる 大きな図書館のビルや、戎神社の森も見えて 駅前の高層ビル群も、自信をもって […]
「対象化」を越えて
「対象化」を越えて 「存在現る!」ならいいのだが、「存在を表わす」なら、もう対象化してしまっているのでまずい。しかし、言葉による対象化なしに、物語ることができようか。「考える」こと自体が […]
詩:こころもしのに
心もしのに 「近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心しのに古思ほゆ」(柿本人麻呂) 〔大津の柳が埼に犬養孝揮毫の歌碑あり〕 「しのに」という副詞は、「しんみりと」という意味より「しきりに」か 高麗 […]