見晴るかす緑洋(緑の海)
個人的にも限界状態、社会的にも問題山積、なのに仕事の停滞……。なにのんきに山歩きしているのかと、まじめな自分が渋い顔をしているけれど、昨日は夙川の河口の海から遡行して、全長6.7㎞、高度309mの源流 […]
源流行
やはり「夙川遡行」に、これから出かける。25日から北アルプス表銀座へ山岳部の夏山行に付き添うこともあり、歩いておきたいこともあるが、今朝のKKWSで、高麗先生の「欲求」に忠実であることの大切さがわかっ […]
“例文つくり”
「引き籠り」や「発達障害」などで、言葉を失っている、発言力が弱い人たちに、どういうレッスンが有効か。手探りの毎日だ。昨日も、 「きずな」「期せずして」「奇想天外」「気息奄々」「忌憚のない」「几帳面」… […]
詩:凶行
(なぜかここ数日、ひどく疲れてしまって、目もショボショボして、「書く」意欲も、「生 きる」力も弱まっていました。) 凶行 政治信条に基づくテロでもなく、祖国や郷土のための義憤等でもなく […]
2つのプラス!
やっとインターネット接続(これまでは携帯電話のテザリングで代行していた)ができ、エアコン設置(風通しの良さと金のなさで見送っていた)ができた。 どちらも人の親切ゆえに。回線の工事が終わったが、どうして […]
マイノリティー支援
今日大阪で開催した「国語塾」は4人だったが、そのうちの一人は、源氏名香月ヒカルとういうバーの経営者で性別の分からない人だった。そして、カレは、全く勉強や活字とは縁遠い人で、サーフィンで海で遊ぶの大好き […]
「幼い日」
夙川公園、片鉾池のほとりに、八木重吉の短い詩が刻まれている。「幼い日」―おさない日は/水が もの言う日/木が そだてば/そだつひびきが きこゆる日―と。 そこを通って夙川駅に行き、芦屋川から、高校生の […]
忘れたふりか
そのニューズは、授業中、こっそりスマフォを見ていたであろう生徒の声から知ったが、職員室でPCから概要を得た。「やはり関西には恨んでいる人も多いしなあ。」とつぶやいたら、隣席の女性が呆れたような顔をして […]
本を閲兵して
本棚の本が整列して、こちらを見てくるので、まるで閲兵しているような気分になる。これだけの軍隊があるのだから、これから十分に戦えるぞという気力が湧く! (今日学校がなかったので)朝から積み上げたままにな […]
会を休む発言について
「詩の朗読会」を一旦休憩しようかと思う。理由は、ぼくの能力の問題で、詩の創作が発展しそうにないと、と思うからです。 月に1回、オンラインで、自作詩の朗読とコメントの集いを、もう18回も続けてきていて、 […]
光を見てから!
30日のKKWSの高麗先生の写真を見た以来、これ以上美しくもやさしい表現はないと思って、書きこむ言葉を見失ってしまっていた。そして、あらためてどこにいるのか、こういう光の中にいるのだと思うと、妙に安ど […]
詩:榎の大木
榎の大木が、幾本かあり、緑陰をなす この夙川公園の近くに転居して、ひと月に 毎朝、この土手を通り、勤めに行く マザーツリーと勝手に決めて、榎と親しむ そっと耳を当てて、その言葉を聞こうともする なぜ良 […]
明日は基地に!
明日は「砦」にたどり着く。いだき講座という基地に!そして、そこでこそ再生復帰できることを、わたしは知っている。いまだに、沖縄でのコンサートの体験が蘇る。もう30年も前なのに、あの時の光は消えていないし […]
凛々しく生きる
髪の毛が少ない。年齢にしてはかなり顔が更けている。すぐに過激な言葉を使う。人に自分の意見を押し付ける。とち狂ったような意見でも、珍しいだけのことでも高評価する。基本的に理不尽。本をたくさん読んだらスゴ […]
言葉にすれば!
「僕たちが、何でもない日々の生活に耐えられるのは、それを語って聞かせる相手がいるからだった。/もし言葉にされることがなければ、この世界は、一瞬毎に失われるに任せて、あまりにも儚い。」(平野敬一郎『本心 […]
「悩んでも、しゃあない!」
今年の2/4と、先日の6/19に新聞に安藤忠雄さんのことが載っていた。去年12月に、松山に遊んだとき、「司馬遼太郎の坂の上の雲ミュージアム」に行って以来、この建築家に親しみを覚えていたが、かれが癌治療 […]
歌の集いにて
「やり方が弱い/考えが甘い/攻め方が悪い/言葉が足りない/愛がない」と、Mさんが歌っていた。今日の歌の会は、9人もの表現者と5人の参加者がいて盛況だった。高架下の倉庫の2階は、急に聖地に変貌したのだっ […]
旧友との別れ
やはり“友好の絆”は残っていなかった。久しぶりに再会すれば、昔のような「隔てない口調」(中島敦『山月記』)の会話が蘇るかと、変に期待したわたしがばかだった。向こうはもう何年も前から、わたしとの「友好」 […]
詩:ランタナ
神戸でも芦屋でも、住宅街のちょっとした空き地によく見かける野草、紫陽花のころに 西宮、夙川の土手際のしゃれた洋館の一角にも群生していた、赤と黄の小花が鮮やかだ ちょうどその家の人が、別の花の手入れをし […]
ラストシーン
忙中閑あり、ではないが、思い立って、伊藤健太郎主演の『冬薔薇』という映画を見にいく。この絶頂期からの転落した若い俳優のその後が気になっていたからだが、彼なりに真剣に演技していたので安心した。ただ、脚本 […]
噓偽りなく
何もかもさらけ出して、弱さを隠さず、否定的な思いも避けず……、という私小説的な告白に生きることが、「嘘偽りなく」ではなかろうと思う。若い時は、田山花袋や徳田秋声を身近に感じ、太宰治の自堕落も自分のこと […]
共感こそがほしい!
今回の自分の失態と再起に向けてのドタバタで、一番欲しかったのは「共感」だ。「親切」は身に染みてうれしいが、それよりも苦労や苦心を分かち合って、共に過ごしてくれる機会だ。あたたかい「同情」よりも、ほんと […]
出張「国語サロン」
やっと外部での講座を再開するところまでこぎつけた。高槻の美容室での開催で、もう11年、125回ほど続けている。「言葉の力」「国語力」の重要性を理解してくれる社会人4.5人が参加する。今日は名文鑑賞と朗 […]
山の魅力
高校の山岳部の金剛山登山の付き添いで、久しぶりに山歩きを楽しむ。と言って、5時間くらいの行程で、少し物足らない気がしたが、よく晴れた空から降り注ぐ光と、木々の緑の重なりと、さわやかな風がわたしの心と体 […]
再起の詩
松葉坂を下り 夙川の土手が公園になっていて、緑地を渡る風が涼しい そこの松葉坂を下った川東町の古いマンションの4階301号室が新生の基地に 大変な引っ越しを終え、疲労困憊。 費用も嵩むばかりで、蓄えゼ […]