今と未来、開かれて
2021年が明けて、13日の「高句麗伝説」ではあまりにも壮大な世界を経験しました。客席と舞台を見渡せる場所にいてコンサートを聴いていました。その場所では、こんなに一人残らず幸せないのちであるということ […]
新年
大変深くそして尊い、年末から三ヶ日までの日々です。その一日一日の経験があまりに深く膨大なことで、それがあっという間にとんでもないほどの量になってしまいます。ひとつの書き込みで果たして表現し切れるのかと […]
良い時
昨夜も東北センターでの「死について」と「ビデオ講演会」に参加した後、そのとてもいい経験を紙に書き終わって、これはいい経験を固定観念のように留めているだけではないのかという自分の表現の有り様に達していま […]
芯なる真
24日と25日の2日間、東北でのコンサートに参加させていただきありがとうございます。24日のコンサートを経て25日のコンサートでは、内面に神木が育ったような体感です。ピアノの演奏とともに、地面に埋もれ […]
スタートを切って
今夜もコーヒーを片手にコンサートの経験を書いているときが幸せです。東京を離れて2日が経ち、そして24日の仙台でのコンサートへ向かう道中も全く問題など感じていないはずだったのに、コンサートホールの席に着 […]
生命の生きる世界
生命の開花するエネルギーをそのままに表現したく、今日も書き込みさせていただきます。昨日のコンサートでは古い頭に油をさしていただいたような体感です。今日も、連日のコンサートで今まで身体の中心のようにして […]
全て
府中ウィーンホールでのパイプオルガン&ピアノコンサート。 コンサートの始まる前よりあった一抹の寂しさというのは、全てが終わりそこから全てがはじまる新しい世界への脱出と船出のためであり、そのコンサートを […]
融合する全身
三鷹の風のホールでのコンサートにて。 いのちに響くピアノの音が過去からの全てを洗い流してゆくようで、私の心に産まれる光の芽が、全身にゆきわたっていくようでした。あらゆる過去の迷いも惑いも全てはここで解 […]
育つ
今日は、昨日の狛江での経験を書き込みします。 生のピアノの音がどこまでもどこまでも奥底の私の胸に、これ以上ない程の澄んだ音色で届きました。この澄んで透明な音が届くのはどこまで奥なんだろうということと、 […]
とける
9日の府中でのコンサートでの経験を誰かに表現したい気持ちで、書き込みします。いつも生家にいると感じる悲しみと苦しみが、今日はより一層強くそして重く感じられ、そのあまりの重圧に身も心も押しつぶされそうに […]
要にあり続ける生命
京都コンサートホールにてそのお席に座りながら経験できる事と言ったら、どれほどすごい事なんだろうかと、想像を超えるなどと言う最早その次元などではない経験をしました。その生命を経験したのなら、今までの在り […]
その地平から
時を待ち、時を窺うようにしていた者は、この新たな地平にその大地を隅々まで照らす朝の光に包まれる時、人類史の新しい時代のはじまりに生きてこの身が突入したことを受け入れるのです。魂が爆発しないようにこの時 […]
自由なる生命の曙
とんでもない秘密を聞いてしまったかのような、そんな体感で、迎賓館コンサートでの経験を書き込みます。ひとりひとりが過去から受け継いだ殻のようなものを脱ぎ、真に自立した状態である人間の生をみました。おそら […]
世界に尽くす生命
長い歴史の流れを見る時、その長い歴史の流れを運ぶ大河に出会いました。その舞台での出来事は、世界に生きる生命でなければ本当の意味をわかることは出来ないのではないかと想いました。世界的な舞台での大ロマンが […]
解放の軌跡
迎賓館コンサートに参加出来、命の苦しみ、重みがみるみる解けてゆきました。命の悲しみはこの世の中、この社会で生きるだけで刻まれ染み付いてしまうものだとおもいました。この資本主義の世界で、社会で、私はどの […]
見出される光
言葉に見、聞いてきた事が言葉の限界を超え、言葉が真実を流れる音とつながり新しい知となり経験しました。今まで聞いてきた世界、聞こえていたこととは何もかも次元が違う真を経験しました。はるか昔の地や時の息吹 […]
題名のない命
生命の深奥のさらに奥深くに生まれた光は、世界に見出された光と共鳴し、新しい次元に飛翔できることを経験しました。それは、生命と共に成長する美しい秩序がながれる世界です。ひとひらの花の雫が舞う音が聞こえる […]
合流する要
時の中、時のはざま、時のない闇のような中に、埋もれ、うずもれ、のがれる時などできなかった過去は、新しい光が注がれて、ようやく今に育まれる時を迎えました。今にとけこめず育まれない孤独であった過去が、生き […]