三鷹風のホール

何度も身を運んだホールでのコンサートにライブ配信で参加しました。

水のせせらぎに身を清められ、とめどなく流れる水の流れに故郷の川や、

受講して初めて感じた水の煌めき、生まれてきて始めて感じた美を思い出していました。水の流れは光となって降り注ぎます。

昨日のライブでは途切れることなくすべて視聴できたのですが、素晴らしい演奏であればあるほど実際にこの場に身を置きたくてたまらなくなりました。

自宅での環境はどんなに整えても生活する空間があり、限界となります。身を正し、姿勢を崩さずに聞いていても。、昨日は終わると同時に動けなくなりました。今朝、高句麗はじまりのコーヒーからは、なぜか「バランス」という言葉になりました。頭では理解できなくても今自分に必要なこと。解釈はせず受け止めます。ありがとうございます。

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三鷹風のホール 何度も身を運んだホールでのコンサートにライブ配信で参加しました。 水のせせらぎに身を清められ、とめどなく流れる水の流れに故郷の川や、 受講して初めて感じた水の煌めき、生まれてきて始めて […]

狛江のコンサートのオンデマンドのピアノの音の伴奏のように、雷鳴と稲光、そして雨粒の音。今朝は蝉の声の代わりに虫のすだく声が聞こえています。季節がすっかり変わりました。空間から聞こえてくる言葉もかわりました。今日で8月は最後です。

今は時間も行動もすべて自分の範疇です。何時に起きなければいけないという縛りもありません。それでもライブ配信時間は決まっています。ごみを出したりするようなちょっとした時間も決まっています。時間、自由とは何かと考えます。自分で自分を世界内にあてはめて阻害しています。まったく時間に縛られないということは怖くてできないのです。疎外ということから抜け出していません。

待つということができないと亡くなった母が言っていました。一緒に車に乗っいる信号待ちの時にそう言ったのです。いつ来るかわからない娘をまっていること私だったら耐えられないでしょう。飼っていた犬でさえ私が帰って来るのをひたすら待っていました。昨日はそんなことを思いながら。突然府中のコンサートメッセージが浮かんできました。人生に悔いを残さない。不可能を可能に向かうとき・・・・という2部のメッセージ。私は過去のことでなく、未来に向かっていくしかないのです。

目標を数字にして書くだけで達成できるということ。以前10枚の紙にいつまでにというしたいことを書くということを先生がおっしゃって書いた紙があったのですが、見直してみると不思議なくらい実現しています。数字で目標を表すことは、恥ずかしながら最も苦手と思ってきたことでした。いだきのことは計算したらできないと嘯いていました。昔から収入と支出があってもどんぶり勘定で数字が一番苦手で怖いとさえかんじていました。細かい小銭を数えるような計算はしてきたのですが。書くだけでできるということで早速書き出してみたらわからないことがいっぱい出てきました。書くだけで漠然としていた不安も少しすっきりしました。ライブでは応用コースを全部きくことができなかったのでオンデマンドを楽しみにしています。ありがとうございます。