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お手紙を受け取り向かう武蔵野の地


三鷹風のホールのコンサートに向かうため、昨日の夕方大津を出ました。出がけにポストを見ると、いだきからのDMが届いていました。「高句麗伝説へ向かって」の詩は高麗さんの詩でありながら、高句麗始祖東明王様からの呼びかけとも受け止めます。深夜になり多摩川を渡り調布、三鷹の地を走っていると武蔵野に吹く風、ここはふるさとを感じます。先生が狛江の応用コースでも、13日の先生のお話でも高句麗のお話をしてくださるとだんだん自分の内側から力が湧いてきます。ここ数日は特に何がということはないのですが苦しい状態でした。例えるなら、川に入ったものの必死で手足を動かさないとどんどん流されて向こう岸に辿り着こうとしても、あったいう間に流され力を入れれば入れるほど体は沈んでしまうという苦しみです。微かな手がかりは何度も何度もお話しくださる「中心」です。「中心」がわからないという状態が滅びの構造とお聞きし、また中心が無いと死者のことはわからない。中心外れると憑依されるということを知ります。高句麗伝説の詩の中に「天はるか向こうの世界とつながらない限り国は滅ぶことを知っている」という高句麗王のお言葉があり、今がその時とも感じます。先生のお話で、朱蒙様は子供の頃から中心を体現していたとお聞きし、応用コースでも朱蒙様といることで自分の中心を取り戻すとお聞きした時、高麗さんの存在と重なります。9月1日の「出会いの一日」の「麗花から高句麗伝説へ」は「中心」をわかっていける機会であります。以前から高句麗伝説は「空間の横軸という先生と歴史の縦軸という高麗恵子さんの交差するど真ん中」にいることで自らの存在が現れるとお聞きしてます。わたしにとっては高麗恵子さんの存在は生きる上での軸となる御方です。自分の中の「闇」と表現するあることを認められてから、それまでの高麗恵子さんの関係は自分勝手な思い込みで作った依存でよりない関係でした。それが外れてくると高麗恵子さんのことが徐々にわかってきます。今回のお手紙の詩を読ませて戴き「誰ひとり取り残すことなく新天地へ川を渡る」というお気持ちに涙よりありません。先生のお話で「中心になった途端に力となる死者」とお聞きして、そうなる以外に生き延びことはできないと感じると、10月1日の高句麗伝説へ向かう、一回一回のコンサートを外すことができません。ましてや「中心」取り戻す天を祀る日の高句麗伝説は必須です。川を渡り新天地に行くことが、先生と高麗さんに報いていけると考えます。今は川を渡り切って新天地に向かうよりありません。ありがとうございます。

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到着
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石巻 旧観慶丸商店にて
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新五女山アイス