KEIKO KOMA Webサロン

転機



狛江での応用コースを有難うございます。

死後の世界、死者のお話をお聞きした後は生きている人間の様子がいつもと違うように感じました。人間は自分ひとりで生きているのでは無いのに傲慢になっているとお聞きし、昔は自分と共にいる死者の存在について良くIDAKIでお聞きしていたことを思い出しました。全てが味方のように、この世での善悪を超えて大きな実現のために共にいてくださり今があることは日々感じています。自分だけで生きている巡りでないことを感じると、ひとりの勝手で断ち切るような愚かなことは出来ないと常に自覚し、過去や未来、死後の世界から見てもどう生きて行ったらいいか明らかにわかるのです。

ひと目見て大丈夫でないことを分かってくれている人がいたとして、「大丈夫」と言い張り終わらせた時点で、大丈夫と言っておけばわからないだろうという関係の浅さやごまかしが相手の存在を蔑ろにしていることになると考えます。様々なAI情報やデータ化、評価などによって身体を置き去りにされている結果人のことも自分のことも正確にわかり表現できなくなっていてさらに置き去りが加速していることは恐ろしいばかりです。AIの言葉を見ていると、この存在の全てを分かってはいないのにわかったように書いてあり違和感を覚えます。こちらのパターンを学習された否定しない言葉に多くの人や若者が涙し感動し1番の相談相手にしているのを見ると大切な存在が蔑ろにされて悲しい気持ちが生まれます。人と人との話し合いはもっと深く存在を分かり合えるのにいつのまにかAIのほうがよく分かってくれるように錯覚されるのです。人間の代わりのように接するするのではなく様々な指示を指定してAIを活用することを心がけます。
死者の世界の変化をお聞きしたことから考えても人は身体を縮め、取られてばかりでいられないのだと認識しました。体がひらき、人との距離のない愛を経験させて頂きその体感が広がるような仕事を創り生きることが必須だと考えます。
応用コース、コンサート、アントレプレヌールサロンへと続く変わり目を頂き途轍もない六月を過ごさせていただいています。
有難うございます。

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三鷹市公会堂 光のホールにて
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多賀城市文化センターにて
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お茶室にて