神のリズム
「出会いの一日」。もうずいぶん前のことだと思います。初めてこのタイトルを見た時のときめきを、今でもよく覚えています。
そして2024年。当時は詳しいご様子がわからないながらも、高麗恵子さんからの、ぎりぎり公開可能な情報から、とにかく今駆けつけること、と感じました。身近な人には半べそをかきながら、「とにかく来てよ。来なければ取り返しのつかないことになる」と脅すようにし、東京へ、京都へ、駆けつけました。同じ気持ちの仲間がいたことが何よりもの支えでした。特にホテルニューオータニの会場に映し出された大スクリーンの、いだきしん先生、高麗恵子さん御二人の御姿。金屏風の前に振袖姿で着座された高麗さんの御姿に、涙あふれたことを忘れません。
星のホールへ向かう小道を歩きながら、あの日からずっと続いている一つの流れの中にいることを感じます。ロビーもコンパクトでありながら、NPO高麗の活動そのものが表れていて、いだきのぬくもりそのままに包まれます。
国籍も、年齢も超え、全身マーブリングを纏われた高麗恵子さんの御挨拶は、世界中へ響いているとわかります。言葉や佇まいによって、誰の魂が目覚めるかはわからないと、ハッとしました。
『麗花』を大スクリーンで上映してくださり、ありがとうございます。これまでは、自分の人生、自分の同時代を照射することが多かったですが、此の度はもっともっと深いところへ触れました。十代で、こんなにも真剣に、純粋に生きる高麗恵子さんが存在しておられたからこそ、なんとか、なんとか自分も生き延びてこられた。感謝は以前にも増して深まり、この作品を、宿命に嘆き、運命に翻弄される世界中の人々へ届けたい気持ちになりました。
続く『513高句麗伝説 ラテン編』(勝手に名付けてご無礼します)。この上映をどれほど楽しみにしていたかわかりません。今日は私の中から、「友よ、同志よ、此処に居なくて何をしている。今一丸となり向かうべき時」と生まれ、心の中でご機嫌に叫んでいました。今まで聴こえなかった音が細部まで聴こえます。いだきしん先生の音のすべて、キレッキレのリズムは、神が刻むリズムと言葉になります。
ここ数日、マイケルジャクソンを見続け、亡くなって17年も経ってから真実を知り、大きな喪失感を抱えていました。その喪失感を、『高句麗伝説』は希望と勇気に換えてくれました。マイケルのダンスもリズムも、ジャストビートでありながら、譜面通り、決められた拍の中へきちきちと収めていく音楽とはまるで違います。正確でありながら、管理されていない。リズムの中心に、生命があり、自由があり、祈りがある。二度と現れぬであろう存在を、いだきしん先生がキャッチしてくださり、魂は報われ、表れ、これから共に働いていけるのではないかと考えます。世界を変えたいならまず自分から。終演後どう生きるのか何をするのか、そこから始めよう。挙げたらキリがないほど「いだき」なマイケルのメッセージに感動しています。
最高の『高句麗伝説』上映をありがとうございました。聴いている間じゅう考えていたのは、どうやって世界へ伝えるか、10月1日、どのように早期完売するかということばかりでした。
休憩中は仕事をして、「高麗恵子 詩と語り」へ。またまた素敵なマーブリングの御振袖は、世界最高峰のブランドにしか感じられません。「朱蒙様」は『高句麗伝説』でも御存在を確かにみましたが、此の度の語りでは、その圧倒的な存在感が、大切な人生にさらに語りかけて下さいました。
「出会いの一日」は、単なる催しではなく、自分の人生に出会い、人類史と社会の中で、自分が今ここに生きる意味に出会い続ける一日です。一日、なので、前半後半をセットでご参加下さい。
次回は9月1日。お一人でも多くの方が、このかけがえのない一日に出会われますよう、動いてまいります。
そして
“死者が先を行っている“ことをこれからもっともっと深くわかっていけるとおもうと楽しみでなりません。「いだき応用コース」「風のホールコンサート」「アントレプレヌールサロン」と続きます。スペシャルな7月はキラキラと光っています。
素敵な七夕の一日をありがとうございました。
花木伸江
