歴史
学校で歴史を習い、テストで試され、成績をつけられる「歴史」が、とても嫌いで苦痛でした。一方で、伝記を読むことは好きで、何かを成し遂げ、後世に語り継がれる人は、亡くなった後も決して消えることなく、どこかで子どもたちを見守ってくれているように感じていました。
いだきしん先生、高麗恵子さんと出会い「IDAKI」の経験を経てからは、先生や高麗さんから伺う歴史のお話が楽しくてたまらなくなりました。本を読めば、体感を伴い真偽までわかっていくことにも驚きました。何より、未来を創造する歴史に参画できる人生は、かけがえのないものです。
いだきボランティアから始まり、NPO高麗の活動を通して学ばせていただいた仕事の有り様は、単に経営に役立つという次元を超え、微力ながらも周囲へ影響を与え続けています。京都での「いだきしんコンサート」、いだき講座、そして高麗恵子さんによります様々な場面での「語り」に参加させていただく経験は、いつにも増して尊いことでした。「歴史の縦軸」を表す御方に出会い、人間とは何か、人間とはどのような存在であるのかを、自身の生命すべてでわかる瞬間がありました。号泣したいところを必死で堪えました。「私という自分像」の奥に隠され、あるいは押し込めていたような魂が、京都八坂の塔の元で目を覚ましたのです。
IDAKIを経験する以前の私は、自然と対話することも、魂が生き続けていることも、想像すらできませんでしたが、次々と潰されてきた感性が開かれ、活き活きと、豊かに生きる経験は深まり続けています。人を信じ込ませ、嵌め込み、本来の人間から遠ざけようとする勢力を壊し続け、闘い続けてくださる方がおられるからこそ、私たちは「本来の人間」として生き始めることができます。
一昨日8月30日の「食の祭り」は、いだきのはじまりの、そのまたはじまりを経験する一日でした。斉藤克哲さんにお会いするといつも晴美さんのお姿と重なり自然に涙と感謝が溢れます。エプロン姿で給仕をなさる高麗さんに大きな違和感を感じ、思わず動いてしまいましたが、すべてがとても楽しく幸せでした。
9月1日「出会いの一日」から始めて下さりありがとうございます。NPOいのちにおいてデイサービスが始まった日とも記憶しております。
「オンライン」と「リアル」という言葉も、すっかり一般的になりました。AIが発達すればするほど、「リアルな経験」の価値はますます高まり人も認識し始めています。人類の未来のために、命懸けで取り組み続けてくださっている先生方に対し、この世の事情を理由に身を運ばないという選択肢は、私にもありません。
新しい人類史を創造していく、今この時。幼い頃から、何か特別なものに出会える人生であることを、どこかで予感していました。今日また、更に新しい何かに出会える予感でいっぱいです。どうぞよろしくお願いいたします。
