KEIKO KOMA Webサロン

いのちの尊厳


食と健康の講習会、府中コンサート、アントレと怒涛のような日々でした。やはり今回は夜勤明けうっかり眠ってしまって出発する時間に目が覚める、老眼鏡を落とすというハプニングが続き、何かに試されているようなこういう時は特に中心を定めることを心がけ向かいました。森の緑豊かな府中の森に集えるだけで心が高揚し、講習会もコンサートも満ち足りたひとときでした。

コンサートのテーマが壮大でパイプオルガンの伸びやかな音色が体中に響き渡って微振動する体が熱量を帯びました。特にアンコールの愛の旋律は体が共鳴するように震え、愛を受け容れ体が開かれていきました。未来からの光注がれるように、言葉が内側でこだましていました。

アントレではやはり先生のお話をお聞きできるひとときは嬉しく、今回は最後にお話くださった時間のことが当座のことになりやすいのできちんとノートで長期的スパンで整理していきたいと感じました。まずはここから実行していきます。

体が置き去りにされるという社会の中で、体を取り戻せるような社会をどのように構築していくのか、動き始めた マルシェ ばかりではなく常に考えています。西洋医学と漢方のお話がありましたが、部分で見る西洋に対して全体で見る 漢方。これは 森林のネットワークを考えた時に起こりうる 未来として見えていたことでした。

森林のネットワークは菌根菌によって遠くの病気を察知したり、近くの 日が当たらなくなった木にマザーツリーが栄養分を与えたりとして成り立っています。簡単に森林を伐採すると このネットワークが壊れ、個々の木々たちは弱くなります。人間の社会も同じではないかと考え、交流すると言われていることの意味が深まりました。

また人間の活動により 70%近くの種が 絶滅しているということを知った時に、以前 オーストラリアで大規模な山火事があり、オウムの生息を調査していた方が涙声で「やっと近づくことを許してくれたオウムたちが今頃は 繁殖期を迎えている頃だったのに…」巣の前で立ち尽くす姿に人間だけが 逃れられるとは到底思えませんでした。でもそう仕向けた側も人間であり、私もその恩恵を受けている人間であることを受け止めた時、行き場のない想いに溢れる涙に深い包まれるような光を感じ、赦すことの意味を知りました。自分を裁くことと 相手を裁くことは同じであると、そう思えた時、いのちひとつ愛と言葉になりました。

霊的なものや 微生物など目に見えない世界の大切なことを置き去りにして、他の惑星に移住すると簡単に考えられることに驚きました。人間も地球も 使い捨てになってしまったことに危機感を感じてなりません。自分も人も雑に扱わないことは命の尊厳 であり、ありのままの その人で生きられる社会が平和の社会と改めて感じてなりませんでした。貴重な時間をありがとうございました。

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東北の地に生まれた希望の光
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高麗恵子ギャラリーにて
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三鷹市公会堂 光のホールにて