KEIKO KOMA Webサロン

彼方からの愛のノック


一昨日の夜にかつて勤めていたテレビ局の上司が亡くなりました。その時は知らなかったのですが、今振り返れば、実はわかっていました。世の中的には「虫の知らせ」というもので、ちょうどその頃、次回東京に行く時にご自宅に寄ってみようとふっと考えたのでした。

テレビ局人生の中で最も心配をおかけし、常に私のやることを理解しようとしてくださった方です。ある日の晩に、別の直属の部長の理不尽な言葉に「ぶちまける」ように突然退職を宣言したその時、その亡くなった上司は海外へ出張されていて帰国と同時に留まるように再三にわたって説得に訪れていただきました。自分自身の中では、「辞める」より「はじめる」との気持ちが強くて、全く後戻りする気は無かったので、自然と退職、起業への道を進みました。当時は頭の中では地域貢献する世界一のテレビ局にする気でいたので、辞める計画は全く無かったのです。しかし、昨年頃の いだきしん先生のコンサートメッセージにあった「ぶちまける」という状態そのままが顕れて、職を失う不安など微塵もなく「ぶちまけた」瞬間から明日からの希望に溢れてスカッとしていました。その夜、家族にも「今、テレビ局を辞めてきた」と伝えました。家族曰く「美味しそうに日本酒を傾けて、これからやるべきことを延々と語っていた」と随分経ってから聞きました。実際は1ヶ月ほど残務処理にテレビ局に通いましたが、そのひとつひとつが起業の準備でした。

敬愛する上司の死を当時の同僚からの電話で昨日知り、テレビ局時代のことが浮かぶと共に、蘇るように次々と「失われし時」が蘇りました。それは24時間テレビ「愛は地球を救う14」で熊本城での いだきしん先生の31時間連続ピアノ演奏を実現するプロセスで熊本の自分のテレビ局、また日本テレビの大プロデューサーをはじめとするスタッフ達との戦いの日々であった半年間です。同時に熊本城を国の代行管理する熊本市の会場使用許諾を決める審査会に何度も足を運び、その度に苦虫を噛み潰したような表情を見せた委員の面々も次々と浮かびます。東京と熊本を頻繁に通い共に動いてくださった高麗さんや熊本の受講生仲間達の支えがあってやり切れましたが、毎日が激戦地にいるようでした。その活動の日々の判断や決断の根底には コンサートや講座の度に機会をいただいていた いだきしん先生との対話による閃きと確信がありました。そして先生の連続ピアノ演奏の17時間後あたりに見た熊本城に上る朝日のやさしい光景が「超越記憶」の象徴です。

また、先生、高麗さんと受講生数名でシナイ山にご一緒し、カメラアシスタントとしてシナイの山々、自然の空気を先生のすぐ側で感じていたあの時の「超越記憶」も蘇りました。山を下りながら先生が夕日の撮影をするアシスト中に、カメラバッテリーを持っているはずのスタッフが現地サポーターに預けていて、遥か彼方下方を歩く彼らのところまで取りに走り、あっという間に戻ってきて無事に先生の夕日の撮影に間に合った時。
あの時の自分の身体は高低差の大きいシナイ山の坂道をカンガルーのようにぴょんぴょん飛び跳ねるように、またチーターのように颯爽と走り続け、夢で良く見る空を飛ぶ感覚そのままでした。
上司の死から「超越記憶」が次々と蘇り、同時にやっと身体と頭がつながろうとしているのを感じます。24時間テレビやシナイ山に留まらず、これまではずっとバラバラであった「本質経験」が自分の身体内でつながりはじめています。

この1ヶ月ほど前から内面で起こっていることは、2年ほど前からはじまった「余計なものが無くなる」勢いが猛スピードになり、同時に虚無感が一気に押し寄せていました。が、先生に出会う前にも再三あった虚無状態とは決定的に違うのはじっと虚無を感じながらも身体の中心から湧き出す「何か」をも感じていたいのちです。先生と出会う前なら何かと理由をつけてその状態から逃げていたのですが、今回は逃げるでもなく向かうのでもなくその状態のまま、のらりくらりと過ごしていました。これはこれで耐え難いものではあったのですが、「彼方からのある何か」との先生のメッセージを受けて何かがつながりはじめているのを感知しました。というよりも、先生の演奏とメッセージで正確に認識する助けをこの数年間続けていただき、やっと「そのままある状態」を良し悪しや善悪などの何の評価もしないで自分で正確に掴みはじめたと感じます。身体は益々快調で、余計なことはすぐに忘れますが、クリエイティブな話には相変わらず徹夜も平気です。

内的環境が変わると同時に外的環境が変わりはじめ、これまで確信犯的に孤立を自覚し、曖昧模糊としていた日常の人間関係でしたが、企業活動や地域の日常の暮らしの中で一人ひとりの存在が少しづつ顕れはじめ、不思議な融合に向かい出し、企業としては売上も昨年度の倍以上に伸びているのです。日常を「いだきで生きる」にはどうすればよいかを問い、ある日ある朝に閃き、その閃きをひたすら実践し続けてきた答えが出る可能性を感じます。書きながら気づきましたが、内面の変化の勢いや猛スピード化の起こりはじめの1ヶ月ほど前とは、いだきしん先生のお誕生日でした!!
いつもいつも貴重な愛の経験の場、講座、コンサート、催しをありがとうございます。

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