存在
第一部「浮舟 ー 行方を知らぬ生命」
「橋の小島の色は変わらじを、この浮舟ぞ行方知られぬ」
源氏物語の浮舟は、変わらぬ小島を見つめながら、
自分の行方はわからないと詠みました。
浮かぶ舟は、自由に進む舟とは限りません。
誰かの思いのあいだで、行き先を見失ってしまう生命があります。
その恋の揺れに耳を澄ませます。
第二部「ともに、始める」
行方を誰かに、あるいは何かに定められる世界を、
ただ嘆くだけで終わらせるわけにはいきません。
現代はそのような余裕すらないでしょうが・・・
一人一人が自分の言葉と身体をもって現れ、
互いを消さずに出会うとき、まだ無かった道は
始まるのでしょうか。
パイプオルガンとピアノのあいだに、
その可能性を問いかけます。
開場前に府中の森を歩きました。木々のメッセージを聞くことが好きで毎回一人抜け出し、森を歩いています。今日は10月1日「高句麗伝説」のオンデマンドをスマホで聴きながら歩きました。最高に幸せなひと時でした。あまりに美しいロマンあふれる演奏に魂揺さぶられるばかりです。別世界に身を置きながら森を歩くことは楽しく幸せでした。最後に大きな木の下に佇み、木からのメッセージをボイスに録音しました。「連綿と受け継がれてきた生命の流れは途絶える」とのメッセージに驚愕しました。途絶える巨大な闇の壁が天にのしかかり、天の更に向こうが拓かれることを遮っていました。闇の壁は闇が作った社会の仕組み、制度、決まり事や枠です。この枠をぶち壊すには一人一人が新しい生命となり、気持ちを表し、実現することよりないと見えました。一人ではかすりもしないとしても大勢がそう生き始めたら厚い巨大な壁はぶち破れると見えました。それには先生にお会いすること、講座、コンサートの経験が何より必要と見えました。人類は滅びの危機にあるとは感じていますが、猶予がないのだと受け止めました。今までのようには生きていられないと姿勢が正されます。その勢いで開場ロビーでのビデオ講演会にてお話させていただきました。
コンサートメッセージは、源氏物語の最後に登場する「浮舟」のことが書かれていました。終わった後に先生からお話を聞かせていただきましたが、何かが一致しなかったのです。帰宅しAIに尋ね、帰ってきた返答を読み、驚きました。この度福井へ行く道中に魂のメッセージが聞きたくて神社巡りをしました。その時に神社で受けたメッセージについて話していた時に一緒に行ったボランテイアの方が浮舟の話を一生懸命してくれていたのです。その時もこの話と身に感じていることが何かがピンと来なかったのです。そのことを思い出し、今日のコンサートでの経験を思い出し、今になりやっと経験したことが整理されてきました。二人の男性に愛されどちらを取っても誰かが苦しむ道を選ばずに、最後は出家し自らの道を生き始また浮舟のことであったのだとやっと合点がいったのです。コンサートでは自分の人生を自分で決められず、流されていく悲しみを感じ、それこそ浮舟に乗り、変わらずある小島を眺めていたのです。福井での道中、身に感じたことや神社巡りをした時に受けたメッセージと重なりました。それこそ憂世の空気でありました。被っていたとも感じます。新天地へ行くより生きる道はないと感じていましたが、先生の音はいつも見える図形とは違い、戸惑いました。ある時、この音は新天地の音と気づいた時、水が流れるように風が吹くままに生きていける自由な生命であればいいと感じました。自分の生きる道が決まっていれば流れに流され、どこへいくかも知れない不安や恐怖はなく、自分の存在があらわる方へ向かうと見えました。第二部のメッセージは素晴らしいと感じ、どのような経験ができるのか楽しみでした。「一人一人が自分の言葉と身体をもって現れ、互いを消さずに出会う時、まだ無かった道は始まるのでしょうか」とのお言葉が今の危機を乗り越えていく答えと感じました。演奏をお聞きしながら心に浮かぶことは先生が言葉も知らない生後6ヶ月の乳児の時「生まれたところを間違った」と言葉になったお話でした。この経験は先生の存在を先生が生まれながらにわかっていたと感じているのです。先生が100パーセントわかったとおっしゃる時、先生の存在を表現されるのだと感じ、胸が高鳴るのでした。先生の存在があらわる世界は人類が生きていける世界です。森の木からのメッセージは心に焼き付いています。「一人一人が自分の言葉と身体をもって現れ、互いを消さずに出会う時」に乗り越えていく道があると見えます。一人一人自由な生命となるよりないと見えました。自由になるには先生にお会いすることと行き着きます。先生にお会いできます講座、コンサートの経験が自由な生命を取り戻し、新しい生命となり、人類が生き延びていけると見えました。ちょうどビデオ講演会にてお話させていただきましたが、10月1日の「高句麗伝説」は特別な機会でしたので、他のご用事でこれない方にいつも受講中の方にはお話していますが、講座、コンサートとぶつかる用事や都合は生命取りということを再度申し上げる方がおられました。生命に負担がかかり自分の首を絞めている用事はぶつかります。やり続けていればいずれ苦しく限界となると見えますので、ぶつかることで早く気づく機会となりよかったと考えますが、人はなかなかそうは考えられずに講座、コンサートを優先できない方が多いです。木のメッセージを聞いた時、人類が滅ぶまで続けてきた生き方を今やめれずには生きていけないことがはっきりと見え、私も古い習慣はやめ、少しづつ自由に動くことを実行し始めたところでしたので、よかったと考えます。やりたいことをしたり行きたいところへ行くだけでたくさんのひらめきが生まれ、創造的になれ、楽しいです。新天地は先生の存在あらわる世界です。危機を乗り越えていく為にこれからは猛スピードで先生をお伝えしていかねばならないと考えます。先生をお伝えするには自分自身が先生と繋がり存在あわらし生きていくことと行き着きます。今後の生き方、やることが決まり、コンサートが終わりました。アンコールの言葉に表現し尽くせぬ美しい愛にあふれる演奏に深く感動しました。この世界が現実となればいいと心から願い、そうなるように生きていきたい気持ちを実行します。かけがいのない経験をさせていただき、心からありがとうございます。
