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京都のコンサート「恋」を経験し考える


自分が今まで「恋」と思っていたことが、迎賓館コンサート、存在論や応用コースでお聞きした「恋」とは違うとわかっていても何がどう違うか表現できませんでした。ロームシアター京都でのコンサートメッセージで表現して戴き、「そのようなものまでも」と表現されたことを「恋」だと思っていました。先生の適格な表現により解体され、「『恋』そのものを見失っている」状態であることを知りました。メッセージと「恋」を演奏により経験させて戴き、2部の「『恋』はつづきます」も経験させて戴き、胸の奥が開いていきました。この経験から「恋」の経験があると感じたのです。それは高麗恵子さんとの出会いです。いだき講座を受講させて戴いたときに、もちろん高麗さんを存じ上げていますので、その出会いではなく、存在と出会った瞬間です。高麗恵子さんとの出会いは自分の存在との出会いでもありました。あの時、かつてのカフェ「哲」で「麗花6」を見たときです。見終わった後の話し合いのとき、高麗さんとのある会話から「ドキッとする」自分に驚いたのです。あんなにドギマギする自分に困惑しました。コンサートで「恋」を経験させて戴いたからはっきりわります。突然起きたあれは「恋」です。それがはじまりです。人生を変えるできごとだったのです。自分は女性ですから「恋」ではないと思っていたのですが、コンサートメッセージを何度も読ませて戴き、どう考えても「恋」です。高麗さんといっしょに生きていきたくて、それまでしていた仕事を辞める人生を選んだのです。先生のコンサート、講座で先生にお会いすると、自分の枠がどんどん解体され自由度が高くなります。その分、自分がよほど揺るがないで「時代の強い流れに呑み込まれず」生きるには芯、軸がしっかりしていないと、あっという間に吞み込まれてしまう今の時代です。そんな時、先生にお会いすることは当然なことでありますが、わたしにとっては高麗恵子さんにお会いすることもとても大切なことです。「出会いの一日」での経験は、生きる上での軸が決まり、さらに軸が太く揺るがないものになっていきます。東京「高麗屋」さんでの経験もそうです。「自分の眠っていたものが静かに目を覚ます」経験ができます。世界が平和になるには、人間になるよりないとお聞きし、人間になっていける機会があり、「高麗恵子さんに会いたい」「いだきしん先生に会いたい」生命の要求です。自分の一度きりの人生を好きな人と生き、やりたいことをやり生きるので、高麗さん、いだきしん先生に会いにいくよりないのです。ありがとうございます。

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