一日のために
一日のためにいだきしん先生と高麗さんが比叡山、京都に足を運んでくださることをもっと深く理解しなければならないと感じる応用コースと存在論です。先生にお会いできる機会があれば生きていけると身体でわかっていける経験です。高麗さんの書き込みで「歴史の影が消え、新しい歴史が開かれたことが現る夕暮れ空でした。」と関西の地が変わっていることを知りうれしく、ありがたいです。病気ではないのですが、このところ身体がしんどくなっていて、このままでは病気になりそうと感じました。全部のコンサートに参加することを決めて生きていますが、先生のことがわかってくると絶対に外せないと感じます。「身体を置き去りにする」社会に生きて、知らず知らずのうちに置き去りにして疎外状態になっています。先生にお会いできるから、この状態を認識でき更にお話をお聞きしながら開放してくださる経験を身体でわかっていけるので感動と感謝でいっぱいです。日本の現状、イランとの関係をお話しくださり胸の重みが溶けていきました。身体の反応からイランのこと、パレスチナのガサ地区、ヨルダン川西岸地区のこと、シリアのことなど、結構身体に応えてることを自覚して、「身体を置き去りにしている」ことをわかり、縮んでしまっている状態から開くとのお話しは、単なるお話しではなくその場で同時に経験させて戴きます。先生と直接お会いできるから生きていけると実感します。ありがとうございます。日本が世界を救済する方向をつくっていくというお言葉に希望が湧いてきます。ある未来を開こうとしているいのが、いのちの中にあるとお聞きして、先生に出会えたこのいのちを活かし、余計なものを無くして存在現ること、国体であるこの身体、生命が日常生活を豊かに生き仕事することで世界が平和になっていく世界を広げていけるなんて夢のようです。すでに今日になりましたが、明日の9日の「出会いの一日」に向けて出発します。わたしにとっては高麗恵子さんの存在を自分の生命、魂でわかることは、いだきに出会った人生をぶれずに生きる要、軸であります。「出会いの一日」は、いだき講座を受講できたことの理解が深まる場であります。
一日だけのために比叡山、京都に足を運んでくださり、真にありがとうございます。
