またとない時間
慣れ親しんだ場所となった京都での時間。1日とは思えない濃厚な時間でした。幾度となく AI についてお話いただき、自分の中では 検索エンジンのところに AIの文字が現れ始めた頃から、調べて広がるはずの世界が、どことなく 世界が狭まっていくような感じがしていました。チャット GPTが友達の代わりになり、友達はいらないと話しているという若い方々からは経験せずわかったつもりになる怖さがあると聞いたことがあり、失敗から学ぶことも経験しないままに年を重ねること、動かなくなることへの危機感を感じました。
でも先生からAI の時代の危機は何かと問われた時に私は中心があるかないかだと感じました。主体はあくまでも人間の側でないと恐ろしいことになると。どのようにAIに学習させるのか、道具として使う側の人間が賢くなければならないと改めてお話を聞きながら感じました。
一番身につまされた存在論での仕事をとことんやるということ。やることがなくなるまで働いて何もないところから 未来に向かう真の自分が生まれること。命が向かうままにやりきって次に向かうを繰り返す ループの先には新しい未来が待っていると感じてなりませんでした。
場は離れていても共に在ることは出来ると感じていますが、やはり先生のいらっしゃる場を共にすると香りに包まれ、よりダイナミックに交流するエネルギーに活力が湧き、幸せに満たされます。この幸せな気持ちのままに 先に向かいます。長時間の講座、講演会をありがとうございました。
