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ここにいれば!


   「本当の答えというのはことばにできないものだから」
                            (村上春樹『海辺のカフカ』)

 でも語りたい・言葉で言い表してみたい。10月1日木曜日の夜の祭礼の感動を!
昼からの授業を欠勤し、上京し、武蔵野の地を少し歩き、なにか生誕の原点に立ったような思いのまま、「高句麗伝説」というコンサートに参加し、感激し、知人の車に同乗させてもらい、夜通し西走し、金曜日の授業をこなし、もう疲れ果てて、寝てしまって、今朝になって、すっかり回復し、なお残る新生感と爽やかさと希望のようなものを!
 ちょうど今夜の読書会で取り上げる『海辺のカフカ』を再読(と言って、まるで記憶が飛んでいて、この歳になって、いま読むことの必要を感じながら)していたから、まるで不条理や疎外の現実社会からの脱出を模索している少年のような気分になっていた。
 「え、なんで泣いているの?」「何を感じているの?」と不思議に思った、とある参加者が書いていたが、かれが「自然の生命や魂を感じ」、その独特さに感動していたことは事実のようだ。しかし、そこでかれは「なんで」と思ってしまう。その理由やなぞ解きをしたくてうずうずしてしまう。いやかれだけでなくみんなそうだ。「いや、なぜか最初から涙ぐんでしまいました。」とKさんに言うと、「そうなのよ!」と彼女は嬉しそうに笑った。なんと彼女の明るいことか。そして、それに言葉はいらないし、説明したら、違うことになってしまいそう。
 先日、近くの神社で祭礼があり、例によってだんじりの曳航があり、笛太鼓に合わせて少年たちが踊って、みなが力を合わせて神輿を引いていく。阪神間なら、どこにでもある秋祭り風景であるそして、あまり「熱狂」があまり好きでないのに、わたしは体から沸き立つ高揚感に動けなくなってしまった。ちょうど風邪や疲労で衰えていた体が癒されるような、理屈を越えた安心感のようなものがそうさせるのかもしれないが、美しい半月とともに、しばらくは見入っていた。
 そう、安易に答えを求めず、それでいて、考えることをやめず,知識や意志を放棄せず、行動していくことが大切なのだ。まるで、『海辺のカフカ』のドラマが、目の前で実現しているような「高句麗伝説」だった。「真の歴史は人間の生命に受け継がれる」(高麗先生)ことを実感し、自分という実在に言いようのない支援を得た感じだった。何、これからまだまだ活躍し、新しさを追求していくぞという感じがまだ続いている。
 「ここに来ると、力のようなものを受け取ることができる。」(『海辺のカフカ』)高知県の不秋森の中らしいが、わたしには狛江のちの「高句麗伝説」の会場だった。(10/3)

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コンサート会場にて新作お披露目です。
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こんばんは??