KEIKO KOMA Webサロン

いのちの時代である


要らないと言葉になる、もちろん主語もある。解放感ある。しかし、長い時間かけてやっとこさ出てきた感あり、なぜもっと早くに出てこなかったのか?を考えていると、キショイ頭の自分に気づく。キショイとはじめて表現したのは山小屋に来て他人に当てはめたが、今自分の頭に使った。要らないの言葉は、もう一つの言葉を同時に引き出していた。しばらくして、もう一つの意味を含んでいる言葉に気づく。それは正に、いのちの声だと、要らないもいのちの言葉ではあるが、長年持ち続けるより基本の強い言葉なのだ。その言葉を人が聞けば当たり前じゃないかと言わせる程の言葉だが、今までは足のすくむ恐さの言葉であったのに、要らないの言葉の裏側にくっついて引き摺られスルリ現れ出た。やはり、いのちの力が強くなっている時だなぁと、いだきの時代だと思う。そして次、キショイ頭の元、捉え方を正される。なるほど、自分に正直になるようにである。まさにいのち、いのちの時代である。と実感する。
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旧大津公会堂にて
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清き魂
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三鷹市公会堂 光のホールにて-2