「いだき受講生」からの起業
起業は長い人生で何度かして来ましたが、今から起こす新しい事業はやっとヨチヨチ歩きから立ち上がるヒヨコの心境です。
いだき受講以来、代々受け継いできた身体の反応から生まれる考え方や習慣、癖などを認識し、一旦受け入れ、いだきしん先生の生命により解放していただき、そこからやっと自律への道をヨチヨチ歩き出し、長い道のりを経てきました。代々受け継いできたものから抜け出す上で存在論がどれだけ大事なことかは受講すればするほどわかってきて、名前ぐらいは知っていても一度も読んだこともないハイデガーやヘーゲルにも出会いました。それ以外にも多くの歴史上の偉人、先人に出会う機会をいただいてきましたが、先生からお聞きする、というか先生の生命を通られて登場するハイデガーやヘーゲルは親しみを持って仲良くなれますが、きっとその方々本人と出会ってもこんなに親しくはなれていないのもわかります。
代々受け継いだ宿命が運命となってしまうと今は理解しますが、その宿命の素となってきた父母に始まり、そこから遡る先祖代々の存在の影響から解放され、余計なものが何もない身体になることが最大の課題でした。が、それも いだきしん先生とお会いしたり、講座、コンサートを経験することで、本当にごく一部がわかってくるというのが事実、いや真実です。その道は歩けば歩くほどに深く広大な無限の世界が現れます。振り返ると出会った日から毎日どの瞬間も先生がおられる人生を過ごしてきました。自分の勘違いや間違い、無知、浅はかさ・・等等が次々と剥がされても更にいくらでも出てくるほど人類史の深さと広さを感じながらも、ずっと以前にそこを抜けられて愛に生きる先生が間違いなくおられることが常に道ひらきの向きでした。
ある時の講座で「存在に違いはなく差があるだけ」とお聞きし、目が開きました。その時に浮かんだのはやはりある時の講座でお聞きした「ゴルディロックスと3匹のくま」のお話でした。常にお聞きしていることですが、 先生から様々な知恵をお聞きしても「自分でやる」よりない人間、先生の愛のフィールドに無理なく自然にある自己の存在ということをその頃からずっと求めてきました。「玄牝」が表された時はかなり身体の奥の奥まで響きました。老子の無為自然は若い頃からずっと気になっていましたが、「玄牝」が老子の思想から生まれたことを知り、ハイデガーやヘーゲルのように先生の生命を通して私の身体で老子が蘇る経験をしました。
本が読めない若い頃でした。世界中に気になる人物は多く、大きな図書館に入る度に人類のその広大な人間の足跡の質と量に途方に暮れていた時期がありました。が、先生の生命を通られた偉人、先人たちは先生のいのちで復活、蘇生して目の前に登場してくれてるようでした。いだき受講以来、そういうプロセスを山ほど経験させていただき、特に最近になってやっと若き頃から彷徨い歩いた架空の世界、憧れの世界からも解放され、自分自身を知る、身体を置き去りにしない状態が出来てきたと感じます。
真の自己を取り戻すことが自律の道と理解したある時から、ひたすらそこに偏微分して来たと言っても過言ではありません。どのように表現しても表せない存在、いだきしん先生が音の正体を公開してくださり、直近では「まだ無い一音」が生まれるプロセスを明かしてくださいました。前回にも書きましたが、「弾けるのは、今までのサウンドだけ」そこに「即興の妙」があり、「まだ無い一音」が生まれる可能性があると受け取りましたが、最後に先生の「今までの音から何がはじまるのでしょう」とのメッセージをお聞きし、いだきアントレプレナーの真髄を感受し、真っ赤に熟したリンゴが青い風に吹かれてぽとりと木から落ちるように「起業の時」を感じました。
昨夕のアントレプレヌールサロンにて身体が立ち上げる状態を経験しました。いだきしん先生に出会った時の最優先課題は「主体性を持った人間になる。自律する」ことでした。出会いの前までは様々な方に会ってどうすれば良いかの答えを求めてきましたが、叶わず、自分でやるには大きな課題過ぎました。諦めかけた時に先生との出会いはありました。「主体性」を求めるには自分の身体の基本が全くなってないことを知るところから始まり、「自律」は遥か先の先でした。身体に何もないとまでは言い切れませんが、頭さえしっかり働けばそこはもうクリアしてると最近は感じています。で、何も無い身体を取り戻したと感じていた矢先に、計り知れない先生の深遠なる生命世界に驚愕しました。「100年前のご先祖が誰一人欠けても今の我々は無いんだよ」というお話でした。長い長いトンネルを潜り抜けて代々の先祖の因子から漸く抜け出せたか、と喜んでる束の間に、今度は先祖代々のお陰様のいのちということを教えていただいた尊い夜になりました。たまたま自分のタイミングがそうであったのですが、昨日の私にとってはコペルニクス的転回の大経験でした。
「まだ無い一音」をピアノ演奏で問い続ける先生の後ろ姿を常に追いながら何とかここまでは来ました。本当にヨチヨチ歩きですが、「いだき受講生」からはじまる「いだきアントレプレナー」への道を歩きます。
