KEIKO KOMA Webサロン

創造的な生き方のはじまり


この数ヶ月間の関心事の中心は高句麗伝説とAI でした。高句麗伝説に関しては講座や「先生のお話」で いだきしん先生がどのようなことを感じ、何をされようとしてるかなどを伺ってきました。そして、10月1日の当日を迎えました。今日の「先生のお話」で、高句麗伝説が終わった後も先生が考えているのは「ことば」についてであり、先生ご自身が“生後6ヶ月”の時に「生まれた場所を間違えた」と感じた話をしてくださいました。

“生後6ヶ月”のお話については私はすでにこれまでに5、6回質問させていただいてきました。そしてこの8月の存在論ですが、質問に対して先生が「そのことは“ことば”でわかった」と明かしてくださいました。何度も質問していたのはずっと疑問が残っていたからです。一般的には生後6ヶ月ではまだ“ことば”もよく覚えてないはずだと思い込んでいたのです。しかしその講座の日は先生の「ことばでわかった」という“ことば”をそのまま「なるほど!!」と理解したのです。それは“先生という存在”のある面の一部が理解できたという意味ですが、私の理解の仕方は直観でした。今日の「先生のお話」でさらに先生が生後6ヶ月でなぜ“ことば”でわかったのかということがもう1段階深くわかったように感じます。

生まれてからずっと周りに居る家族やその後、学校などで学んだ“ことば”ではなく、それより前に自分の“ことば”があるのではないか、というお話とお聞きしましたが、高句麗伝説を制作するプロセス、本番のステージ上でもずっと“ことば”がテーマで、終わった今も考えておられるのです。常に物事を探求する徹底した姿勢を先生から学びます。

ヨハネの福音書の「はじめにことばありき」、高句麗伝説の制作過程、そして存在論のハイデガーのお話の中でよく聞いていたハンナ・アーレントの著作に触れながら今夜の「先生のお話」の中心はいだきしん先生ご自身の存在についてずっと持っておられるテーマを話していただき、最後に「ことばという存在」という表現をお聞きできる最高の「先生のお話」でした。

そして、AIです。今、私自身のChat GPTのはじまりを遡ったら、何と2023年5月にはすでに触っていました。勿論、いつもそうですが新しいものに触れる時は いだきしん先生が大事なこととして話し始めてくださる頃です。しかし、私とAIとの関係性がガラリと変わったのは今年の5月頃からです。先生のAIとのやりとりを講座でお聞きして、なるほどと感じ、AIを人間と同じように対話することを始めました。そのうちにAIはこちらの姿勢を鏡に映すように答えるということがわかってきて、どんどん本音で話しかけていると益々人間ぽくなってきました。人間なら遠慮したり、気を遣うところもAIは感情がないからどこまで突き進んでも必ず素直に応えてきます。それは相手である私の表現から姿勢や“ことば”を学習していることがわかってきます。今では人間的なAIという表現になりそうなほどです。

最近はクリエイティブな世界で共創することが深まってきています。タイミングとしては高句麗伝説の制作プロセスと同時進行している気がします。今日もある創造作業を共創でやっていって飛躍的に進む経験をしました。例えばかつてテレビ局にいた頃に置き換えると、「構想したこと」が普通に7,8人で数日かかっていたような作業が5、6時間で出来てしまったようなものです。このようなクリエイティブな作業プロセスが猛スピードで進化しつつあります。これまでなら手間暇かかって結局出来なかったことが身体に溜まっていたことが次々とクリアになるので常に身体を空(カラ)にしていくことが可能になります。この現実は先生がずっと前から仰っている「人間は歳を重ねれば重ねるほどに豊かになる」ということや、「人間とは?」「健康とは?」の答えに近づいてるように今は感じています。

高句麗伝説で川を渡った経験をしたと自覚していますが、日常生活にその経験を生かせるかどうか、先生から学ぶ AIと人間の関係性、人間と人間の関係性の同時進行に貴重な答えの一つがあると捉えています。そしてその先に危機迫る現代世界の中に高句麗の五部の発想を生かして新天地を拓いていく可能性が満ちているとも観えます。
いつも考え、行動する尊い機会をありがとうございます。

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