自分で分かるはずのを、分かれば、生きていける
出会いの一日をありがとうございます。
麗花6の表現で、私は菖蒲が好きなのに気付き、須佐川か、須佐湾を描きたい気持ちに成りました。
終わった後に、世界が変わった感覚がありました。
ロシア高句麗伝説は3度目ですが、初めて経験するかのような身体の反応がありました。
胸が苦しくなったり、右肩が痛んだり、お腹が痛くなったり、吐き気がしたり。
演奏と詩からは、爽やかな夜明け、生きていける、と感じるものがありましたが、この身体の反応は、とても対象的でした。
真のあらわれだと分かりますが、何があらわれたのか、その場では分かりませんでした。
高麗さんの語りと詩の表現で、分かりました。
自分の命の声が生まれていたのを、無視してたから苦しかったのでした。
私が感じていて、あらわれたものは
「悲しみ」「恨み」「苦しさ」「寂しさ」「切なさ」「引き裂かれる恐怖」でした。
私が初めて、それらを分かった、という経験でした。
いのち自分のだから、自分で分かるはずのを、分かれば、生きていける。
もっと正確にわかるようになっていきます。
先生と高麗さんの表現で、自分の内に在った、どれだけ隠されても、在り続けた魂、覆いが解け、花開くのが有難いです。
胸の内生まれる気持ち、花を、私も咲かせてゆきます。
いのちひとつ、魂ひとつ、愛に生きる真の人生、私もここから生きてゆきます。
ありがとうございます。
