KEIKO KOMA Webサロン

「生まれ変わる」プロセス


長く苦しい旅は終わる。いだき講座を受講できた時から、そんな旅はすでに終わっていたのに。でも自分自身てわかっていかないと一歩を踏み出すことはできなかった。いだきしん先生がずっといっしょにいてくれるのに。いっしょにいてくれるから、気づき認め変わっていける。京都での「存在論」からはじまった京都、比叡山での一日一日は何年と感じるほどに脱皮し自分から殻を脱いでいくプロセスでした。8月20日三鷹の風のホールでのコンサート「幼児  はじまりの向き」の経験から明らかに身体の奥深い中にあるものが動きはじめたことから、こんなにも奥の奥があり自分では直視したくない「闇」の中にいる幼いころ、ことばになる前でありました。「存在論」で先生にお声かけいただき、言葉を発することで、先生は車の運転を例えにしてお話しくださいました。その内容というよりお話しくださってる間中、身体が大きな暖かいものに包まれていきました。「闇」の中にあっても「はじまりの向き」はあったのです。先生に包まれて最初の『まだ身体のどこかに残っている「最初の向き」を』取り戻し変容がはじまりました。ロームシアター京都でのコンサートの経験も、「生きていていいんだ」という安心、安堵でした。幼少期に「親に捨てられる」という不安が絶えずあり、それは恐怖となっていました。それは言葉にすると「闇」でした。「闇」と言っても高麗さんの使われる「闇」とは違うと思います。言葉は自分の経験や教わったことでできているので、人には通じ難いというのも経験してわかります。恐怖から発している行動は、「高麗さんが好き」「高麗さんのために…」と言っても、どんどん言葉の元を辿っていくと「自分」なのです。ですから本当にその人のためになんて生きていないのです。人の顔色を伺う生き方が悲しいかな高麗さんにも出てしまうことがあり、最近はそれをやめはじめました。それでも高麗さんとお話しさせて戴いてるある瞬間出て来ます。でも今は瞬時気づきます。そして全身で高麗さんの言葉を受け止めることに努めます。ロームシアター京都のコンサートでの経験は、さらに愛に抱かれて「生まれたほうへ」動きはじめることができます。二日間参加させて戴いた「高麗恵子語り」。高麗さんの言葉を音として身体で聴かせて戴いてるとお話の内容というより、高麗さんの発する言葉の音により自分の中からいろいろと現れ出てくるものがあります。余計な過去の思いです。それでももっと奥を感じると、20年も前になるでしょうかその当時「カフェ哲」で拝見した「麗花」でした。あの時はじめて高麗さんの存在を身のうち感じ、それが「軸」となったのです。今、東京高麗屋さんでの催しや、「高麗恵子語り」「今日の語り」やビデオ講演会で高麗さんの存在を感じることで、自らの存在の「軸」を太く強くしているのだと感じます。八坂の塔の元での「高麗恵子語り」は格別です。そしてその流れが9月1日の三鷹星のホールでの「出会いの一日」の「麗花から高句麗伝説へ」につながっていることにある大きな流れを感じ、さらに10月1日の狛江での「高句麗伝説」に向かっていることを感じます。自分の存在表すことが、世界平和につながっていくなら、その場に参加するだけでそれが可能になるなら夢のようです。迎賓館コンサートのライブ配信をお聞きしながらノートに気持ちを書いていました。いだきしん先生と高麗恵子さんに出会っていながら、このことを伝える以外にやりたいことは何もないのです。長い長い旅をした京都、比叡山での催しをありがとうございます。

先生、高麗さんありがとうございます。旅は続きます。

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モスクワの夜です。
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