「私の人物像をどかす」コンサートを経験し
本日のコンサートに既に向かっていたのでしょうか。17日のコンサートの熱も冷めやらない内に人に腹を立てることに遭遇し、チンピラのような随分前の自分がぶり返したかのようです。「本物の自分」の顔をしたものが剥がされたコンサートでしたが、自分にはまだ実感としてはありません。ただ、演奏中に本当に自分は中東の惨事の被害者に心を痛めていることが改めてわかりました。そこから思いもよらない言葉が浮かびましたが、戸惑いが隠せません。本日のコンサートで気持ちの整理をつけたいと感じます。少し前に戻りますが、先日の応用コース前より「勝手」になるのは何故なのか考えておりました。正にその答えを得る講座でした。人との関わりの中で、自分の内で結論づけて事を運ぼうとすることが人を置き去りにしていることに改めて気付きました。ありがとうございます。
