KEIKO KOMA Webサロン

「熊本」から世界を考える“きょう”


京都では二つのコンサート、二つの講座が密接に関連しながら連動するように感じ、足元から世界を考える貴重な機会になりました。
迎賓館コンサートは雷鳴轟くど真ん中で身体内に地響きがするように感じる経験で1年ほど前にお聞きしたコンサートメッセージ“風雲”を思い起こしました。続く翌日のロームシアターのコンサートは身体が立ち上がるという表現がピッタリするものでした。一部は東野圭吾さんがかつて発せられた言葉「きょうが一番若い」を引用されたメッセージで一番若い“きょう”という日のど真ん中を生きる素晴らしい場でした。2部のメッセージは世界の状況が凝縮されていると感じましたが、自分には熊本と日本の状況をどう捉え、動いていくのかの指針、方向性にも聞こえました。

10日ほど前のアントレプレヌールサロンで先生に問われたことがずっと自分の中にありました。「水俣病を経験した熊本県が今度は大規模な半導体企業による地下水の枯渇、地下水、海洋等の汚染を起こす大きな可能性を孕んでいる企業集積地を進めていることを熊本県民はどのように捉えているのか」という意味の問いでした。勿論、誘致の背景には様々な世界情勢や国家の事情もあるでしょう。難解で壮大な問いでしたので、その時は何も言えませんでした。世界の中で起こってることとの関連性で熊本をどのように捉えれば良いかは考えれば考えるほど容易に答えは見い出せません。

そこへ震度7の大地震が熊本でありました。

親族や直接関係する身近な地域にいる人たちに差し迫った被害はなさそうだったので京都に残りました。水俣病問題や半導体企業の進出という人為的なことではなく自然の力、自然の猛威。・・・表現がとても難しいのですが、自分がこれからやるべきことを考える上で世界的な情勢に加えて目に見えない世界からのメッセージとも見え、期待を込めて先生の2部のメッセージをお聞きしました。

2部のタイトルは「なお愛する」。

前半は熊本地震を含む世界の状況と聞こえました。それに続いて・・「失われたものを忘れず、今傷ついている生命を見失わず、まだ生まれていないものへ、目をひらく。・・・ とても難しい世界状況の中でしっかりと日常から歩き出すメッセージでした。
このメッセージこそ熊本という地域で起こってきたこと、今、起こっていること、つい数日前に起こってしまったことを全て含めて「きょう」から始める未来からのメッセージと感動しました。

先生のメッセージを何度も何度も読み込んで漸く観えてきた未来へ生きる指針です。自分の言葉になるまでの間は咀嚼できていないところから綻び(ほころび)が出ますが、先生との厳しい対話の場でさらに認識は深まっていきました。私が二つの講座を通して最も印象に残ったのは存在に関するヘルダーリンの詩やハイデガーの哲学のお話のところで出た「素描(する)」ということでした。言葉の表現ということで考えると優秀な詩人や哲学者でさえその言葉の分野の表現に入り込みすぎると全体が観えなくなり、枠組みの中の思考や行動に陥りやすく、それを避けるためにも素描が必要ということと私は考えました。家庭用のビデオカメラやスマホを使って地域全体を素描するようなことを住民の皆さんと長年にわたってやってきたので先生からご指摘いただいたように自分の資質やこれまでの経験を生かせます。

これほど世界が複雑系でありながらSNSで国家のリーダーが漏らす一言で動くようにも見えてしまう世界状況を正確に把握することが自分の能力でできるとは今はとても考えられません。しかし、「全体」である先生と繋がることで自分の存在を生かし生きる可能性に満ちていることを強く感じる機会になりました。迎賓館コンサートから3日間で連なった二つのコンサート、二つの講座で私が学んだ最も大切なことは今こうして書いているうちに気づいてきましたが、先生が2部の最後のメッセージで伝えてくださったことでした。現実の世界だけではとても理解できない先生が仰る「世界」の実体を学びます。

きょうが、一番若い。
その新しいきょうを、世界との関係を結び直すことへ使います。
「身体を置き去り」にしてはいけないということは、
いうまでもありません。

いつも尊い機会を心よりありがとうございます。

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