今、共に生きている
7月の始まり、府中でのコンサートの経験は個人的な経験ではありませんでした。私はみんなであり全体でした。全体、宇宙・・といった大きな存在の中での経験でした。時間の流れもありませんでした。過去も今も一つでした。
私もコンサートの中でマイケル・ジャクソンの存在をとても感じました。高校生の頃によくラジオから流れてくる当時大ヒットしていた「ビート・イット」のリズムと歌声に、歌詞も分からないのに勉強する手が止まって惹き込まれてずっと聴いていたことを思い出しました。友達のように近くにいて何か親しく呼びかけられているような感じがしたのです。この人は何者?とても不思議な感じがする・・と感じていました。先生のお話をお聞きしてから、私も映画を観に行って感動し、観終わった後、もう亡くなってしまったのだという現実に引き戻されて、とても淋しくなりました。でもコンサートの中で蘇ったこと、魂は共に生き始めたことを感じて、淋しく思う必要はないことがわかり、今、共に生きていることに感謝と祈りの気持ちが湧き起こりました。私には「愛を恐がらないで。愛に自信を持って。先へ進もう。」というメッセージが心に聞こえました。それがコンサートの経験と一つになって、指針となって胸にあり続けています。きっとコンサートに参加されていた一人一人に語りかけてくださっていたのだろうと思いました。
コンサートの後半では、何か言葉には成らない祈りのような感情が生まれて、その祈りのような心を一心に超越的な存在へ託し続けていました。大いなる存在にいだかれ、大いなる存在と共に、そして生きている人も亡くなった人達も共に先生のコンサートの今の空間にいて、共に経験し生きていることを感じ、何か自分ではどうにもならないものを許して頂きたい気持ちと、どうにもならないものを持っていても愛されていることへの感謝と、両方が湧きあがってきて涙が流れつづけていました。外ではどーん、どーん・・・と、花火の音が響き渡っていました。「天空に舞い上がれ 一斉に咲き誇れ 生命の華・・・」と祈るような気持ちが生まれ、生きている人も亡くなってしまった人も今ともに新しく生まれて生き始めたこと・・・「いのちひとつ 愛」を胸いっぱいに感じました。
月の始まりが先生のコンサートで始まることで、今までと心身の状態が変わっていることを感じています。コンサートの経験が静かに、でも確実に強まって、心身を支え、広げていってくれていることを感じています。梅雨時は苦手な季節ですが、内面は晴れやかに、心を前に広げて、この一ヶ月を前進します。
いつの時も、ありがとうございます。

