KEIKO KOMA Webサロン

ありがとうございます。


 狛江応用コース参加させて頂きありがとうございます。

 身体を置き去りにしないお話しを何度もして下さり、身体を感じる事 深く息を吐いて深呼吸すること 何か気づいた時には意識して。身体の動かし方などを調整していくけれど、当たり前ですが、まだまだなのだと深く感じました。
 死んだ人から生きた人を取り戻すというお話し、簡単には言えないですが、身体を置き去りにしたまま死んでしまうと身体は無くても意識や思いが残っていく 身体がわからないから生きている人の身体に被ってくるから生きている人を取り戻すというようお話しが、自分が身体を置き去りにしている状態を感じると、なるほどと合点がいきました。上手くは言えないですが、身体意識一つに死んだ時に自然に溶け込むというような事が感じられ、自然に溶け込んだいのちは生きている人にはたらきかけてくれているというような流れ 仕組みのようなものを感じられると、生きている人間は傲慢だからというお話しも合点がいく、当たり前のように知っている範囲のことが優先されていく…過去の経験 たくさんの情報やAIで身体がわからなくなっているということ 身体を置き去りにするから身体が『縮む』 身体が縮むと病気になるという…こちらの流れ 仕組みはよくわかる。よくわかっているのに傲慢だから同じ事を何度も繰り返すのだと感じました。
『縮む』の反対語は『拓く』と聞いて大きく息ができる体感になり、身体を置き去りにして縮こまって息苦しくしない 身体が拓いて大きく息ができる状態を深く感じました。
 『大丈夫』という声かけ 『大丈夫』と聞かれれば、『大丈夫』と答えるしかない 相手を気遣っているようで、『大丈夫』という答えが聞きたいというような事 『大丈夫』と聞かれて『ダメ』と答えたらどうなるのだろう〜と感じていた事が浮かびました。
 身体と魂の境界というお話しも身体と魂という認識が全くないから、確かに別もののようにしていたと感じ、1日のコンサート『いのち姿勢』という表現がふっと浮かびました。

応用コースとコンサートの間の昨日 ピッタリはまるようにして、先日来の身体の不調の施術を入れさせて頂き、無事に終わりました。これほど安心なスケジュールはないと、身体を感じながら病院に向かわせて頂きました。
 先生 高麗さんいつもいつも、ほんとにありがとうございます。

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