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「回復」について


「回復」について

阪神大震災の後、神戸の「復興」「復旧」が叫ばれたけれど
交通手段の「回復」以外には、あまりピンとこなかった
むしろ「再起」、新しく出直したかったし、一新したかった
被災した脆弱さ、問題個所を「修復」しても仕方ないし
いまも「応急処置」だけで、とうてい「回復」ではいし
なにか神戸の街の魅力や愉快さは消えてしまったようにも

だから体が「回復」し、「立ち直る」ことも「再考」しなければ
十分に睡眠して、疲労した体は、どうやら癒されたようだが
鼻かぜぎみだったことも治まり、頭の重さもなくなったが
ふだん意識しなった、わが体の柔らかさ、鋭さを取り戻さねば
皮膚感覚、胃腸の調子、姿勢の適正さ、そして言葉の柔らかさ
フム、「体を置き去りにしない」とは、そういう「Recovery」かも

 昨日、あまりに夢中に授業したからか、ときおり吹く冷たい風でのせいか、鼻水が止まらず、疲れ切って、もう何もかも手につかず、とにかく就寝し、9時間近く寝てしまった。体は癒され、「復調」したが、頭のために書くことに。
昨日、古典の時間に、「姨捨伝説」の話で、なぜ日本人は「仲秋の名月」を鑑賞するんだろうか、というような問い掛けに、前の席の男子生徒二人が、「再発見」したような顔つきで、熱心に聴いてくれたので、もううれしくなって、いろんなことをしゃべってしまった。かれらの顔つきが忘れられない。
昨夜、少し訳ありの塾生が、『素浪人稼業』を、なんとか登場人物の声色を「再現」しようと朗読するので、感心してしまって、ついつい時間オ-バーしてやってしまった。メタボのかれの体が軽くなったようだった。
昨夜、寝る前に、日本人として、自然とともに生きてきた感覚や感性を「取り戻す」ことの重要性を考えたのだった。わたし自身は、「Recovery」と「Discovery」の共通項「cover」が問題だと思いつつ、寝てしまった。(6/6)

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