KEIKO KOMA Webサロン

ブルームーンの夜に


早朝、大津から京都を発ち途中夏の装いの富士山を拝することができました。日曜日だからなのか交通量が多くて早めに高麗屋さんを目指しました。月に一度は高麗屋さんに行き、高麗さんとお会いして生命の言葉が表現できれば世界平和に貢献できる気持ちで、そのことを楽しみに仕事をしていると心が充実します。ところが、いざ高麗屋さんに入ると自分の状態がこんな状態なの?と、かなりしんどい状態を自覚します。「高句麗の地を旅する会」で、高句麗の地を先生の撮影された映像と音楽、さらに高麗さんの即興詩という超贅沢な催しに身を置き、そのまま感じたことを表現できる場は貴重です。言葉にすることは、そのままが現れます。ビデオ講演会でも、誰と話すかが大事とお聞きしていましたが、まさに高麗さんを前に表現させて戴くからこそ浮き彫りになり、高麗さんからも表現して戴くことで明確になります。すぐに認めていけば即変わるのに、素直になれない状態では、益々疎外感が増してきます。先生の「身体が置き去り」を実感します。こんなに酷い状態とは自分でも驚きです。「止まっている言葉」とのお言葉に、先日の存在論で「言葉が固定されている」との先生のお言葉を思い出します。動く言葉を表現したくても、何故?できないとどんどん自分を責めて、疎外感が極まります。一昨日の「先生のお話」で、「身体が戻る言葉があるんじゃないか」と先生が探究されていることに感謝と希望を感じます。高麗屋さんでの経験がなければなかなか気づく事もないまま、どんどん自分の身体は置き去りになっていました。宿に向かう道中、武蔵野の森の中を走りながら、ふっと気になる方へ視線を向けると、まん丸の光輝くお月様がいっしょにいてくれて涙があふれます。宿に着き、ある用事のご報告を高麗さんに送らせて戴きました。高麗さんからお返事を戴き、お花のスタンプがいっしょに送られてきた時、いつもいっしょにいてくださるのに、自分が勝手に疎外状態になってしまう在り方は本当に悲しくて、このことが解決できるのは先生よりないと痛くわかります。今日、先生のコンサートがあって良かった!です。昨日の高麗屋さんに参加できた事、そして今日渋谷のコンサートに参加できますことは何て幸運なんでしょう。今日は、これから武蔵野の森の中で以前からやってみたいことをやることが楽しみです。本日のコンサート、よろしくお願い申し上げます。ありがとうございます。

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京都コンサートホール大ホールにて
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車中から続きです
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いだき京都事務所にて-2