迎賓館コンサートと八坂「高麗恵子語り」
若葉が山々を埋め尽くす4月19日という特別な日の迎賓館コンサート。ライブ配信で参加させて戴きました。コンサートがはじまると、今まで聞いたことのない小鳥の声。あまりの透明で美しい声に、先生のコンサートが行われていることを小鳥たちは知っていることに感動します。昨年の四月も京都でコンサートを開催してくださいましたことを感謝とともに思い出していました。昨年4月に母が亡くなり葬儀を終えて直ぐの京都での講座、ロームシアター京都でのコンサート、そして4月19日の迎賓館コンサートでした。この開催スケジュールの巡りに、そしてすべてに参加できること、先生、高麗さんに感謝よりありません。母の存在がわたしが生きれるように講座、コンサートに参加させて戴ける巡りをつくってくれたと感じます。昨日の迎賓館コンサートの演奏をお聴きしながら、晴美様のご葬儀のときに目に見えないものは解らない、頭が固いわたしでさせ、あの天地が開かれるような光差し、光になられ、わたしたちが生きれる世界を開いてくださったことがわかりました。あの時も母と参列させて戴きました。あれから30年も経ったなんて驚きです。あのとき先生がお話されたこと、晴美様が「母親」だからと仰った一言がずっと心にあります。子供たちが生きていけるために生命賭け、子供たちが生きる世界をつくってくださったこと、亡くなっても先生とひとつになられ子供たちが生きれる世界をつくってくださっていることを30年間で様々学ばせて戴き、たくさん経験させて戴いています。演奏中に母の人生を考えていました。本当はどう生きたかったのか、母であり女である母。ひとりの女性として色々あったかもしれませんが、演奏をお聴きしながらわたしを産み、この世に送り出したことは紛れもない事実であること、わたしが自分の存在表わすことが母が生きた証になることに行き着きました。アントレプレヌールサロンで先生からの一言、「世界が終わるかもしれない。」は衝撃でした。世界情勢をニュース等でみていると解決するようには感じられず、そして4月15日の三鷹光のホールでのコンサート、メッセージ「時代の強い流れに吞み込まれずに生きるにはどうしたらよいか」を経験させて戴き、またメッセージを何度も読ませて戴き、この時代「毒」が自然に入り込んでしまう日々を生きていることを自覚するとき、解決できる場、いだきしん先生の講座、コンサートに何をおいても参加することが必須と感じます。高麗さんがビデオ講演会などで必死に呼びかけるように語られること、「お金、時間よりも、コンサート最優先」と仰ることを自分も経験してきました。あるときの高麗さんの一言から、仲間とともに毎回コンサートに参加する巡りになりました。毎回、京都から東京にコンサートに参加することは交通費などを考えると計算上はとても無理です。ですが、高麗さんの一言は、「お告げ」はないわたしたちにとっては「お告げ」であると感じたのです。実行できるように考え、毎回コンサートに行くと決めました。すると有難いことに行けるように仕事の依頼が増えてくるのです。「毎回行く」と決めれば成っていく生命であること、そのような生命に先生が命賭け変えてくださっていることを痛感します。八坂の塔に見守られ「高麗恵子語り」をお聴きするひととき、みんなで集い、美味しいお食事を戴き、ひとりがひとりが詩を詠み、語り合う、幸せな時間、そこにはいだきしん先生、晴美様がいらっしゃり、そして母もいました。世界を子供たちは生きていける世界に、開き広げるために自分ができることは先生の講座、コンサートに参加し、入り込んでいる「毒」を見極め、毒抜き、人間として生きること、美しい魂となり実現していくことと感じる、迎賓館コンサートそして八坂の塔に見守られての「高麗恵子語り」です。ありがとうございます。本日も「存在論」「応用コース」に参加させて戴けます恵みに感謝申し上げます。
