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“かもめのジョナサン” 冒険と道ひらき


“かもめのジョナサン”は県庁所在地で日本で最も小さな温泉と大学生の街、山口市の古ぼけた映画館で見た記憶があります。20代の当時、同じ頃に五木寛之さんが書いた大ベストセラー「青春の門」に夢中になっていた頃で、その五木さんが翻訳した本ということで“かもめのジョナサン”の書籍も買ったように思います。読んだでしょうが、刻々と変化する大自然の中でちっぽけな かもめが一羽、彷徨うように飛び回るシーンが続く映画が印象に残っています。

アントレプレヌールサロンで先生のお話を伺い、遠い記憶が蘇っていました。群を離れ、誰もいない空を自由に飛び回る“かもめ道”を追い求める一匹狼、いや“一羽のかもめ”の姿は筑豊の炭鉱で川筋気質の激しい男達に育てられ、新たな人生を求めて東京に向かう「青春の門」の信介や、黙々と追いかけてくる女性、お通さんと行き違いになりながらもひたすら剣の道を追う求道者「宮本武蔵」に重なっていました。

生まれ育った兵庫県を遠く離れて一人、山口の大学まできたのは信介の「自分は何者なのか?」「人生をどう生きるか?」への問いへの共感であり、誰一人知るものがいない未知の場での自分のゼロスタートでした。その行き着く先に観えた「道」への憧れ。“人殺しの道具”だった「剣」から人間の道を極めた武蔵、それは“かもめのジョナサン”と見事にオーバーラップします。その頃、同じようで全く違う存在と感じていたのが「老子」です。わからぬままに読んでいると知らぬ間にグイグイ惹きつけられる“無為自然”という生き方、しかし老子の道はこれから社会に出て前向きに生きていこうとする時にある自分には老境、悟りの世界、世捨て人のような雰囲気があってどうしても入り込めない人でした。仕事をバリバリやることを否定されてるようで、年齢を経てからしかわからぬと決め込んでしまいました。

30代半ばだった頃のいだきしん先生の応用コースで学んで実際に100年の人生を設計してみて、ちょうど自分の人生の大転換点となり急上昇すると観えていた世代に「今」あり、その老子と再会しました。新たな出会いは、いだきしん先生の復活後に見出していただいた“玄牝”でした。玄牝は闇の奥にある生成の門、そこからはじめて光が生まれ、老子的宇宙論では陰と陽が相互生成の循環でありそれを道(タオ)というと先生から教えていただきました。道を語る時、かつての様々な修行者は女性を排除し、「道」を男だけの世界としてきました。

「武蔵(吉川英治版)」にしろ、「信介」にしろその辺りはどこか影響を受けていたと感じます。人間という原点から考えるとどこかで「違う」と感じていました。ジョナサンはどうだったか?覚えていませんが間も無く本が手に入ります。女性あってこその“玄牝”であり、男の人生の要は「道を創る」ことです。いだきしん先生と晴美さんから「男と女のある何か」を山ほど学びました。私は晴美さんと何度もお会いもしてるのです。そして最近とても楽しそうに話されるガンダムに出てくるギギの存在、輝いている魅力的な女性との出会いがあってこそ男の力が発揮できるという「光の道」に気づかせていただいた大変面白くも大事なヒントをアントレプレヌールサロンでいただきました。“かもめのジョナサン”のお話から昨夜遅くまで、20代の学生時代へと時空を超えて飛び回っていました。あちこちに飛び過ぎて書けませんでしたが、今朝やっと“ジョナサン”の生き方に偏微分して整理できました。そしてとても大事なことを発見したのです。“無為自然”の生き方こそ「冒険」そのものであったことです。

いつも自分で考え、行動する尊いヒントをありがとうございます。

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比叡山にて 2
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