花びらの舞い
今日は様々な事がいつにも増して多く、何てこったと慌ててビルの階下に降りた瞬間、稲光が走るのが見えました。ギョッとして外を見れば嵐のように雨が降り注いでいるではないですか。遅れに更に遅れを取ると覚悟して、コンビニでビニール傘を買い駅に向かいました。横殴りの雨風の中、濡れて歩きながら今から始まるコンサートに思いを馳せます。メッセージは残念ながら聴けませんでしたが、携帯電話を通してライブのピアノの第一音から邪を払い除けるように聴こえます。ここまで遅れたら後は第二部からの参加だと腹を括ると、余計な雑念を取り払うが如くピアノの音が飛び込んできます。三鷹駅に着けば、西新宿で雷鳴と共に降り注いだ雨風は止んでいて驚きました。聖なるお清めだったのでしょうか。洗い立ての清々しい空間の中、会場に着きました。ロビーで聴くピアノは、なぜか泣きたい思いに駆られます。悲しいのでなく、何かに大きく包まれやさしく揺さぶられるのです。それでいて舞いを舞うような感覚で、第一部が終わりました。
第二部「すらりとした愛」意外なメッセージに驚くと同時に、嬉しくてワクワクします。第一部のメッセージが何だったのか気になりながら、楽しみに第一音を待ちました。一体どれだけの層を飛翔したのか分かりません。どこまでも軽やかに、美しく舞いを舞うように動いていました。気づけば、大好きなフレーズが鳴っています。ひらひらと舞い降り、今度は地上で舞い踊ります。しっかりと大地に足をつける感覚があります。あっという間に第二部が終わってしまいました。
昨夜の応用コースで出会ったブラウスは、高麗さんが表現された桜の花の精のように美しく、出会った瞬間に全身が喜びました。たくさんある美しいマーブリングの中で、一枚に出会えた喜びです。家に帰って見ると、大きな襟の後ろに桜の花びらが舞っていました。大切な宝物を発見したようで、愛おしくて、ついブラウスを着てしまいました。何も身につけていないかのような軽やかさと華やかさと、幸せに包まれる時を昨夜経験したのです。今日のコンサートは、桜の花の精と共に、その一枚の花びらが舞うように私も舞っていたのだと気づきます。何て幸せなのでしょうか。慌てて飛び出した会社での時間軸など、跡形もなく消え失せています。いや、むしろその時間があるからこそ、コンサートに向かって行く時の力が、身をもって分かるのですね。先生、高麗さん、ありがとうございます。メッセージにある通り、カッコよく軽やかに舞うように生きていきたいです。