6月最後のコンサートに向けて
この20回連続コンサートの内、「夢」をテーマとしたコンサートより、自分の今までの現実が本当は夢かもしれないと、自分のそれまでの感情までも疑問に思え、そこから何かが変わって行きました。そして、卵の殻が砕け、中の卵型の石のような物も柔らかく透きとおるような体感をしたコンサートから、自分の思考の変化に気づき始めました。ネガティブな自己否定が白紙になったような感覚です。子供の頃「エレファントマン」と言う映画の結末が悲しく、最後の主人公の選択が理解出来ませんでしたが、大人になってからのある時に、自分も同じ心境になったことがあり、愕然と同時に自分が悲しくなったことがありました。その孤立する傾向となる思考が、21日のびわ湖ホールコンサート後、心に透きとおった光の玉を持ち帰ったような感覚を持ち、自分を大事にすることをして行きたい状態となっておりました。そして、京都コンサートでは、あることから自分に囚われていた状態で、大変申し訳なく、しかし、死ぬように頭が働くことは認めるところであります。正に疎外に陥った状態ですが、この連続コンサートにて、自分で抜け出せる術を身に着けているように感じます。本日質問をさせて頂きました「起こる」ですが、振り返れば幾つか思い当たる節がありました。しかし、自分は行動に起こさなかったので、沢山の機会を逃して今日に至ってしまったと感じます。ただ、時が来なかったと言うのもあり、仕方がないとも捉えます。先日、ある化粧品の講習会に参加をしたのをきっかけに、手で何かすることに興味が湧いており、教室を検索したりとしております。私の人生のテーマかもわかりませんが、女性の自立を支えたいとあり、この手のことも、それに役立つかもしれないと考えた次第です。明日と明後日の盛岡でのコンサートで、また新たなることが出てくるかもわかりません。
何卒よろしくお願い申し上げます。
ありがとうございます。
田嶋利江子