若草色の光と風と・・・
昨夜のコンサートでは、若草色の光と風が一面に広がりました。
それは、高麗さんがお召しになっていた衣装の輝きそのものでした。
その瞬間、しばらく忘れていた「小説 麗花」の出だしが自ずと湧き出してきたのです。
「パリの街角に立ちて・・・」と、いのちの奧から、自ずと口ずさむように湧き出てきました。
私は「小説 麗花」のあの出だしが大好きでした。
いきなり始まるパリの街角の風景、そこに多摩川の土手の風景、古の京都の宇治川のほとりの遠い風景が交差し、時空が溶け合い、光が交差し、そこに若草色の風がさーっ・・・と吹き抜けるのです。
何か分からないけれど、きっと何かが始まる。。そんな予感がして、胸がときめくのです。
何でか分からないけれど、とても心惹かれて、若草色の光がゆらめく方へと歩き始めるのです。
私はこの光景をずっと前から知っている・・・と、何かを思い出しそうになるのです。
その季節はいつも五月でした。
子供の頃の五月も、十代の頃の五月も、大学に入ったばかりで東京に戸惑っていた頃の五月も、いつも何かを思い出しそうになる予感と、何か切ないような懐かしいような遠い気持ちと一緒に、この風に吹かれて生きていました。
コンサートの最中、五月の光と風の記憶が次々と蘇り、今に溶け込み、さらに未だ見ぬ先へ、先へ・・・。どこまでも、先へ・・・と導かれていきました。
ピアノの響きは、私に呼びかける声であり、私を導く声でありました。
私は生命のままになって、その風というのか、声というのか、存在というのか・・・、若草色の風の吹くほうへ、風の薫るほうへと、進んでいきます。生命が欲し、望み、向かう それだけであること。なんてやさしいのでしょう。深い幸福にたくさんの生命とともに包まれていました。
今年の五月は特別な五月です。最後に「人生賛歌!!」とメッセージにありましたお言葉が、輝き、ずっと胸のなかにあります。
五月一日のコンサートの参加出来ました恵みに心から感謝いたします。
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若草色の風が吹く
若草色に輝く世界に導かれて
いのちの奧の奧の そのまた奧の・・・
かき消されてしまいそうな 忘れられてしまいそうな
小さな点ほどの微かな光が
みるみる広がり 輝きを増していく
いのち は 不思議だ
自分が生み出したものでもない
自分のものでもない
始めからあった・・・光
光は向かう
光は恋い慕う
生命の源に帰りたい
時は五月
爽やかな風が吹き
あがったばかりの雨の滴が 葉先から滴りおちる
その一粒一粒に心が震える
黃いろの花が差し込む陽にむかって輝いている
生命はこの新しい月を喜び、一斉に祝っている
わたしの生命も その中の一つの輝きとなって溶け込んでいる
若草色の風に吹かれて
懐かしい存在を恋い慕い
木々と花と風と たくさんの生命と共に
おおいなる源に帰っていく
生きていくことの賛歌を まったく新しい世界の詩を みんなで歌いながら・・・
