置き去りになっていた自分
久々の晴れ間、さわやかな風が心地よいです。
いだきしん先生、高麗さん、いつもありがとうございます。
先日東京高麗屋さんのコーヒーセレモニーに参加させていただき、ありがとうございました。2ヶ月ぶりに行くことができ、とても嬉しかったです。
今朝、仕事で本音を閉ざした24歳の時の記憶がよみがえり、「仕事というものは傷ついても我慢してするものだ。お金をいただいているのだから。」という言葉になり、いまだに生命傷つけてお金をいただく頭になっていたことに、とても悲しくなりました。
本音を表せば、嫌われたりいじめられたりするから、我慢して取り繕わないといけない。でも本音を言わないと死んじゃう…この矛盾の中にずっと居たので、本音を言う、取り繕って誤魔化す、と、相手によって態度を変えていました。とても失敬なことをしていたと痛感しております。申し訳ございません。そうやって、ビビりながら生きてきたんだと気づきました。
ですが、表現して、状況を受け容れて、自分がどう感じるかをそのままわかって、引っ掛かりを取って、進んでいくより生命が喜ぶことは無いと身体でわかりました。
まだこんな悲しみがあったんだ…と驚きましたが、置き去りになっていた社会人になりたての私を掬いあげることができて安堵しています。
ありがとうございます。
