緑の風が吹いて!
ピアノの音は、まるで新緑の森のようで、新しい光と優しい風が降り注ぎ、これまでとは違う次元に遊んでいるような思いにさせてくれた。先日目にした、イギリスのロマン派詩人、ジョン・キーツの「僕は自由と緑陰の歓びを感じているのです。」という文句が浮かぶ。ああ、ここに来れば救われる!と心の底から思い、「いだき」に巡り会えた幸運を感じていた。
資本主義は戦争ばかりして、この世を破壊しつくしそうだし、民主主義もSNS時代の中で、民意も行方不明になってしまそう。さらに、「存在」もデータ化され、インターネットに接続されてしまうと聞けば、どうなってしまうのかと混乱と不安の中に投げ込まれてしまう。
その思いを先生が受け止めて下さり、発言を促してくれた。自分でも支離滅裂なことしか言えなかったが、「無になることが存在!」という言葉が示され、よく分からないながら、「光」を得た。「ゼロからのスタート」と言われていることや、「これまでの生き方を続けるなんてありえない。」や「内面をどんどんきれいにしていけばいいのだ。」ということも腑に落ちた。
過去の成功体験にしがみつき、変われないでいることが、一番の問題との高麗先生の書き込みも納得できます。「クリシエ」(ありきたりな言葉)ばかりで話し、手垢にまみれた表現で書いていても何も変わらない。「自分の言葉で自分をきれいにする」ことも大切なんだ。つまり、変わればいいのだ!不安や心配のために、チマチマした方法論を求めたり、他人に頼ったり、してないで、自分の力で脱皮していけばいいのだ。
その力を今日のコンサートで得られるのだ!昨日の講座で、イダキシン先生から「先生も大変ですね。」と二度も声を掛けられた。いろいろ本を読むのもいいが、もっと楽な方法もありますよ、と言って下さったように解釈し、元気を取り戻した。表情も明るくなっただろう。人は、年齢なん年齢なんか勝手に問題にしておれ、わたしは若さと進取の気鋭で変化していこう!(6/23)