KEIKO KOMA Webサロン

目には見えないぬくもり


手術で訪れた一昨日、手術後であるにも関わらず、スーパードクターの変わらぬ爽やかな笑顔と説明は明快そのものでした。何度受けても慣れない手術前の張り詰めた緊張が、お会いするだけで溶けていきます。「今日も何か聴くの?」「はい」「OK」何て気持ちいいんでしょう。「じゃぁ、また後でね」術前の診察の彼の言葉に和らぎます。未だ手術もしていないのに、この安堵感は一体何だろうと考えます。スーパー看護師さんもスーパードクターも、あたたかな手で私の足にそっと触ってくれます。その触れ方がやさしくて、何かが伝わり、いつも泣きたくなります。初めてお会いした三年前から、今もずっとお二人が変わらずに共にいてくださる。そのことを伝えると、いつものように手術を行いながら「当たり前のことをやっているだけ」と、つぶやくように答えられました。私の手術は、先生のコンサートが流れる中で行われることが当たり前になりました。モニターに映る自分の足を見つめながら、先生の音に包まれる空間は気負いも憂いも心配も、時間すらも何もない世界です。高麗さんが読まれるメッセージが聴こえると、「この方の声、すごいね。どこかの国の子孫だっけ?」「高句麗」「あぁ、そうだった」これが、ごく自然に交わされる手術中の会話です。海外招聘手術と招待講演で世界を飛び回る彼の元には、各国からドクターが研修に訪れ私の手術にも立ち会ったことがあります。「知識だけではできない医療において、各国のドクターは自国に戻って実際に実践できるの?」「もちろん、直ぐにはできないよ。教えるというより何を見ているか」簡単そうにやっていることも実はそうでないことを、実際に私の足を使って教えてくださいました。何事においても、まったくその通りだと頷きました。「なぜ手術しながら、普通に喋れるの?」「モニターで手術を開示するには、自分に自信がなければできないこと。だから、それは自分にかけるプレッシャーとして考えていた。然も、この手術は息が詰まる細かい作業だから、黙っていたら余計皆の息が詰まると最初から考えていた。だから、自分の腕を上げるしかない」顕微鏡を使って静脈とリンパ管を吻合する作業は気が遠くなる作業です。最初から考えていたとは、今回もスーパードクターの凄さを感じました。驚いたのは、手術中の自分のモニターは観ずに映画を観る方が大半だそうです。私のように毎回最初から最後まで観る人はいないとのこと。理由は数年前と違って、ネットで手術の動画が流れているので患者側も当たり前に知っているからだそうです。たった一年半で変わってしまう時の流れの中で、変わらない、変えてはいけないものをこの度も手術を通して学びました。アントレプレヌールサロンでの先生の言葉が蘇ります。私もこのお二人のように、目には見えないぬくもりを伝えられる人になりたいです。「よく流れている」とスーパードクターが仰った通り、私の左足は今も働いてくれていて感謝しかありません。「成功するようにやっているから成功は当たり前。それを更に良くするかどうかは自分次第」以前、私にそう答えたスーパードクターにお会いできた幸運に感謝いたします。ありがとうございます。

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