水俣シック
どうしても見ておかねばと思って、今夕、映画『MINAMATA』を観る。
“過去の誤りをもって、未来に絶望しない人々に捧げる”
ユージン・スミスの写真集にある言葉とか、パンフレットで知る。その、ちょっとくらい失敗したからと言って、落ち込んでなんかいられない、すぐにつぎの一歩を出さなければ、ということを実践した写真家の姿に感動した。ややもすれば折れてドロップアウトしようとしても、周囲の人のごく自然な存在や情緒たっぷりの風景が立ち直らせてくれるというような描き方も素晴らしかった。悲惨な水俣病の患者たちも、「いま」を生きることをごく普通にやっていて、やるべきことを止めてはいけないと訴えているようにも思える。さらに、決して金銭的解決や裁判闘争や政治的判断では終わらないということも強く感じた。ちなみに、アイリーンさんには、かつて京都で会ったこともあるし、先日来たYさんも、水俣の「相思社」で働いていて、「水俣シック」という歌をつくり歌ってるし、近く夙川のパン屋の友人のところは、水俣産の夏ミカンがいつも送られてくるし、わたしには「水俣」はあまり遠い存在ではないのだ。そして、われわれは、「水俣」という歴史を引きずって生きているのだということを考えた。昨日講座で、全体的な理解が大切だと教わったばかり。