KEIKO KOMA Webサロン

新しき世界


 日常起こることにおおいなる働きかけがなされていると感じる一昨日を過ごし、感謝します。そして翌日の府中の森コンサートという日程にも、自分の心の動きからも想定されたように、未来から決まっているような人生の不思議さを感じてしまいます。そうすると、間際まで起こってくる何かは、まるで良さそうにみえて闇に落ちていくようなことが立ち構えていたのだと、一部のメッセージをお聞きしたときとは違い、コンサート後にキャッチし、後から正していくと、コンサートにて、どういうことなのか真理を知りたく動揺しました。真理がわからないと生きてはいけません。パイプオルガンから始まる一部では生命は喜びに満ち、存在、神に出会います。つづくピアノでは私は昨日、仙台の方とお話していたこともあり、アテルイとモレのことを感じ、今に至る東北の悲しい歴史に涙が流れて仕方ありませんでした。
 二部では、まるでわが存在が一つのある惑星であったならば、その表面をぶち破り、新しいエネルギーが内側に滝のように流れこみ、それはどこまでも無限大に広がり、惑星は新たなエネルギーに満ち、新しく生まれ変わっていくような経験です。この経験ははじめての経験です。そして、行く道は存在とともにある道であることを生命は取り戻します。アンコールのパイプオルガンからある声を聞いたように感じ、しばらくして内なる魂の声を聞きました。神に出会い、ここでずっと生きて生きたい、と言葉になりコンサートは終わります。パイプオルガンの音に生命はなぜ喜びを感じるのだろうか、と、この度わかることがありました。生命の喜びを軸に中心から外れるあり方はまったく違うのだとわかりました。
まことに、生命救われる府中の森コンサートを心よりありがとうございます。
帰り道では出会いがあり、話し出すと止まらなくなるこの状態をなんとかしたいと思いながらも、相手の方も、夜も更けたのような時、ここで出会ってくれているこのご縁に喜びをともにしてくれながら、コンサートの経験、講座をお伝えしていました。この度の経験からも、今は少しの油断も許されない時なのだと理解します。食べ物の事も大切な生命、より豊かに育んで行けるように、物事の真理を見極めていける感受性を養ってくださっているのだと感じます。この度の、府中の森コンサートは大変厳かな空間に満ちていました。一部では隣で物音を立てる音に腹を立て、気を取られがちでしたが、その瞬間、午後に少しだけ写真を取りに行ったのですが、その時カメラに撮った草花が現れ、自らの体を粉砕し音を立てる方に向って飛びかかり私を守ろうとしてくれてるのを観たのです。聖なる力のはたらきなのでしょうか、と、後から言葉になります。そのおかげなのか、二部では物音は気にならなくなるほどの経験となり感謝しています。この地のただ事でない時空を経験でき、これも、15日の三鷹コンサートの経験があったからだと感謝しています。ヴォイス講演会もただならぬ感謝です。世間の波にのまれることなく、いつもともに支えてくださる存在に感謝し、この度の府中の森コンサート、先生、高麗さん、スタッフのみなさん、すべてに、ありがとうございます。

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京都コンサートホール 大ホールにて
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人生とは
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