拓いていく経験
何かを成す為ではなく、人と集い、楽しく暮らす。自分で勝手に作った拘りはもう拘りではなくなり、あるがまま、そして、苦手はもう一度挑戦してみようと心は決まります。
拓いていくだけの高句麗の祭りのなかで中心が決まっていきます。日常を遥かに超えた経験、高句麗の祭り、柳花様、朱蒙様、好太王様にもお会いできました。最後に顕れた好太王様に、恋しいという感情が自分の内に一瞬あらわれ、戸惑いました。愛する好太王からはじまる好太王様の詩をいただいた自分がいるのです。
日常を遥かに超えた高句麗の祭り、拓いていく躍動、愉しさは、世界で此処しかない、狛江高句麗伝説でした。ありがとうございます。
