KEIKO KOMA Webサロン

応用コース、ありがとうございました


昨日、13年ぶり位に、狛江での応用コースを受講させていただきました。
前日に送ってくださっていたメールを夜に見直していて、11/5狛江、、、行かないと、、と思い、当日の朝に、いだきの会社にお電話させていただき、お申し込みさせていただきました。

夫が逝去後も、ずっと気に掛けてくださっていた大学病院勤務時代の受講生である看護師の先輩に連絡し、会場で再会した際に涙が溢れ、そして、高麗さんに、温かい言葉を掛けていただき、涙が止まらず、きちんとお礼の言葉が伝えられず、申し訳ありません。

会場でお会いできた受講生の方からも温かい言葉を掛けていただき、「コーヒー飲んで」と暖かいコーヒーをくださり、ありがとうございました。

いだき先生のピアノが奏でる音は優しく、穏やかで、
やはり、涙が溢れ出ていました。
応用コースには、葬儀屋さんが作ってくださった手のひらサイズの夫の写真と共に受講させていただきました。

夫が倒れた日に、ウェブサロンに書き込みをさせていただき、いだき先生、高麗さん、スタッフの皆様に、支えていただきました。
夫は、くも膜下出血で倒れて意識がなくなってからは、呼吸器も装着され、鎮静剤と鎮痛剤で眠っている状態で、目は開かない、会話はできないという状態でしたが、
面会時に、いだき先生、高麗さんからのメッセージを代読して夫に伝え続けました。集中治療室なのに身内以外の面会も許可いただいたので、夫が生きてきた中で出会った友人、大切な方々にも伝え、会いに来てくださり、夫の身体をさすり声を掛け続けてくださいました。
本来なら、病院に辿り着き、命を繋いでいただけましたが、翌日には亡くなってもおかしくない状況でした。
ですが、いだき先生、高麗さんに繋がり、夫は、亡くなるまでの数日が、子どものような穏やかな表情に変化していきました。夫は、10歳の時に、一度、生死の境を彷徨った経験があり、三途の川らしきところを泳いだけど流れが早くて渡れず、お母さんの声が聴こえて振り向いたら目が覚めたとか、当時も、集中治療室に入院していてベッドで寝ている自分を天井から見てた、、などとよく話していました。二度目の集中治療室に入院となった夫は、その10歳の時に戻ったかのような表情でした。
夫は、ずっと、10歳で生き残った意味、自分がやるべき使命とはなんだろうと考えてきた人でした。
いだき先生と出会って、2012年の立春の面談後から、道が開けたかのように、人との出会いが変わり、自分が探してきた使命はこれだ、と思う仕事を創り、活動してきました。夫が亡くなった後、「この街、地域のことをこんなに考えてきた人はいない」「この街にあなたたちがいたから、通院も外出もできないと諦めていた人たちが外に行けるようになった」「いてくれるのが当たり前に思っていたから、このあと、どうしたらいいか、みんなで考えないといけない」などと、移住、起業した私たちにとって嬉しい言葉を戴きました。夫がひとりひとりに、自分たちがやるべきことはなにか?を投げかけているように感じます。
応用コースでご質問させていただき、「旅立ってない、魂は生き続ける、共にいる」と言っていただき、夫の魂は私と共に成長し生き続けるんだと思うと、身体が温まってきました。
夫は、亡くなった後、霊安室で再会した時に、誰が見ても「笑ってる」と言うくらい、穏やかに優しく微笑んでいました。
突然に倒れたので、やり残してることもたくさんあるだろうし、心残りもあるかと思いますが、、それは、私の思考で、夫のあの微笑んでいる表情を思い出すと、夫はやるべきことをやって精一杯生ききったんだと思います。

いだき先生、高麗さんに、支えていただき、苦しまずに、逝きましたが、魂は生き続ける。

今日も共に、三鷹の風のホールに向かいます。

ありがとうございます。感謝致します。

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