川を渡り新天地へ
狛江天を祀る日の高句麗伝説コンサートありがとうございました。お客様をお連れして会場に向かい、まずはお客様をお席をお取りしました。満席の会場は賑やかで明るくて嬉しく、毎回こうなるように動きたいと感じます。先生の演奏が始まった途端胸の中は号泣が始まり、胸が打ち震えます。高麗さんのお一言お一言の詩が胸に飛び込んできます。川を渡り新しい地に向かっていました。一つ一つの演奏、そして高麗さんの読んでくださる即興詩に真実が現れることを感じました。何度も胸が震えます。自分だけではない、自分の中にあるこの時を待っていた魂と共に感動しているのがわかります。ただただ感動の涙が溢れ続けました。なんと素晴らしい一席に座らせて頂いたのだろうと感謝の気持ちよりありませんでした。終わった後初めて参加してくださったキッチンカー仲間の女性にどうかなと思いつつ、今度高麗さんの講演会に参加してみませんかとお声をおかけしたら「ぜひ!」とおっしゃいました.残念ながらキッチンカーをされているので土日はイベントなどがありチラシの予定の日は無理でしたが、すごく感動されたようでした。帰りに移動カフェで出会ったお客様に少しお茶でもと誘われて気が進まなかったのですが、講演会へのお誘いをしても良いかと最近コンサートの後お客様と食事やお茶は全くしてなかったのですが、ちょっとだけと行きました.そこでお客様が話したかったことはご自身の信仰の案内でした。その話しが(多分元々のご自身の価値観ではないと感じますが)ここではあまり詳しく話せませんが人間として人の生死のことを簡単に例として取り上げらような発言にこんなことは今までなったことですが、ぶっちぎれてしまい、「信仰以前の問題です。人の死を評価したり、信仰で助けてあげられるなど生意気すぎる。人間性を疑うわ!」と言ってテーブルを叩いてそのまま帰ってきました。自分が会ったお客様のお一人ですから自分と共通のものがあるのは少し整理しました。しかし、先程今日の語りとビデオ講演会を聞かせて頂き、嘘もまやかしも全てが明らかになると言うお話しに、昨夜のその方のお話しのことが浮かび合点が行きました.どんなにまことしやかに世界の平和のことをお話しされてもよく聞いていると正体バレバレになっていることを感じました。失礼ながら話されていてもただ教わったことを話されているだけで本当に人に対する愛がまるで感じられなかったのです。全てが明らかになる時は変われる時と感じます。このところ年中朝は鬱っぽかったのですが全くなく、あれ?私暗くない!と嬉しくなりました。新天地に降り立ちました。あとは毎日楽しく突き進んでいきます。ありがとうございます。
