宇宙の大河の流れ
5月13日の高句麗伝説の翌日、夕方にバスの窓から見た夕日は透明で、全てのものを慈しみいだき、見守ってくださる深いまなざしを感じ、心に沁み入り、今も心にあり続けています。それは高句麗伝説での経験そのものをあらわしているように感じられました。
冒頭のラテンの音楽は最初は戸惑いましたが、今、今、に心身をまかせていると、だんだん自分というものが薄くなって空間に溶け込んでいき、柔らかい、やさしい心が生まれてきました。中学生の頃からある何か苦しい固いものが溶けていくのを感じていました。
内面に深く染みわたっていく高句麗伝説でした。私が…という苦しさが溶けて大きな大きな大河の中をみんなと溶けあって流れていくような大らかな、安らかな、やさしい心がずっと続きました。
東明王様の音楽がとても内面的であり、東明王様その人のお心そのものに触れるような、とても人間的な、肌身に感じられる温もりがありました。
オルガンのような響きのメロディも、どこか懐かしく、切なく、心にどこまでも浸透していき今もあり続けます。
感情にならない感情。哀しみなのか、感謝でもあり謝罪でもある、言いようのない心の翳、ひだ、震え…すべてを受けとめてくださり引き上げてくださり、どの人のことも受け入れみんなでひとつの大きな宇宙の河になって、時代を超えてずっと一緒に流れていく経験でした。
昨日バスの窓から見た夕日はその経験をそのままあらわしているような、哀しみを受け入れ、温かくて、どこまでもやさしい光景でした。
経験がこれからどう深化していくのか楽しみです。宇宙の大河の流れと一つに、新しい人生を生きていけます始まりをありがとうございます。
