存在
第一部「存在をひらく」
閉じ込められた生命があらわれるとき。
祟りや病や沈黙や怒りとしてではなく、
もう一度その人がその人として
この世にあらわれてくる余地をつくることを
「存在をひらく」と云います。
閉じ込められた存在は、時に祟りのようにあらわれます。
妖怪、病、沈黙、拒絶、激しい怒り、不可解な身体症状などとして
あらわれます。それらは、単なる異常として片付けるのではなく、
まだ聞かれていない存在が、そこにはあるのです。
閉じ込められた生命は、存在という神性を
歪められるが故に、「ひらく」は単に
明るくすることだけではありません。時により、
ひらかれると、痛みや怒りが出てくることもあります。
涙が出てくるかもしれません。隠された真実も出てきます。
だから「存在をひらく」は綺麗事だけではありません。
むしろ、かなり厳粛です。
「存在をひらく」
第二部「愛がひらく」
人は病名や役割や関係だけでは語りきれません。
閉じ込められた生命は、時に痛みとなり、沈黙となり、
怒りとなって現れます。
愛とは、相手を自分のものにする力ではありません。
相手を安心させる言葉で黙らせることでもありません。
愛とは、その人がその人としてあらわれてくることを迎える力です。
愛がひらくとき、人は説明される前に、
存在されることをゆるされます。
その人がその人としてあらわれてくることを
世界がもう一度迎えることであります。
存在は、聞かれることで、ひらきます。
そして、愛されることで、世界へ戻ります。
今日もこのメッセージの内容を経験することを求めてきた、と表現していただき、初めて自覚できるのでした。「祟りや病、沈黙や怒りとしてではなく、もう一度その人がその人としてこの世にあらわれてくる余地を作ることを「存在をひらく」と云います。」「閉じ込められた存在は時に祟りのようにあらわれます」「不可解な身体症状」とのこともそのままわかります。メッセージのお言葉のすべては合点がいき、自分では自覚できず、表現できないことですが、先生によって表現されればすべてが腑に落ちるのです。演奏がはじまると、次元を超えた世界に身を置き、全体であり、多次元がひとつであり、言葉によっては表現できない世界に身を置いていることが心地よいばかりです。ずっとここにいたい、容れると感じます。存在をひらく、とのメッセージタイトルを心の中でつぶやき続けました。存在を表すとは、何をし表したらよいのか、と意識していくと完全にずれていることが体でも図形でも見え、わかります。そのよりも先生の演奏をお聞きしているとイエスキリストを感じ、神聖なる存在を感じ、全体とひとつである先生の存在を感じ、大いなる存在を感じ、神と呼ぶ存在まで感じられました。全ては先生とひとつであります。その時、この世界で自分自身がそのまま生きている状態が存在していることだと生命をもってわかりました。瞬間、縮んでいた体がひらいたのです。存在がひらく、と言葉になった瞬間、コンサートメッセージタイトル「存在をひらく」を生命のままにわかり、喜び生まれます。先生の講座にて「縮む」ということをお話いただき、白板にまで書いていただきました。縮むの反対語はひろがるではなくひらく、と教えていただきながら、自分のこととしわかっていなかったのですが、今日のコンサートにて生命丸ごとわかりました。そして先生の存在があってこそ、私たちは自分の存在に気づき、存在がひらく経験ができるのです。先生の存在なくしては、存在をわかることもひらくこともできないとは生命をもってわかります。
第2部は「愛がひらく」とのメッセージタイトルです。一部と同様に表現され、自分のこととしわかっていける大切なメッセージです。生きていく上で最も大切なことを教えていただきます。「愛とは、その人がその人としてあらわれてくることを迎える力です」とは感動します。コンサートの場こそがその場であります。愛の場です。先生のピアノの音をお聴きしていると一切の無駄のないリズムに、一部の「存在をひらく」は綺麗事ではなく、かなり厳粛と表現されたことを突然思い出しました。とても厳粛でした。一瞬一瞬判断、決断、動きが全て同時に行なっていく愛のリズムを感じました。このリズムでこれから生きていくのだと教えられました。「愛がひらく」とはどのような意味なのか、どのような状態なのかとわかりたく、時間が経過するにつれ、焦る気持ちもありました。ふと愛がひらくのに私の頭は閉じていく、と心の中でつぶやいたのです。今、先生の演奏をお聴きしているこの経験が愛がひらく状態であると気づきました。故に頭が閉じていくと気づいたのだと。。。が、気づいたので、変われます。先生はメッセージを即興演奏にて表現してくださっているのですから、このような言い方も失礼であり惚けていますが、メッセージと演奏はひとつです。生きる上で最も大切なメッセージを送ってくださり、演奏までしていただき、私たちは経験できるというこの上ない恵みに深く感謝します。アンコールの演奏では胸強く揺さぶられる音が聞こえ、感動に震えました。自分の存在のままに生きていけるのは先生がおられる故とよくわかる経験をさせていただきました。最高に恵まれた人生です。
今日も大変ありがとうございます。
