君 共に渡ろう
第一部「幼児 ー はじまりの向き」
身体には、世界との関わり方の原型があります。
誰にでも言葉になる前からあります。
何に近づくか、何を恐がるか、何に手を伸ばすか、どこで身体が緩むか、
どこでどうしても馴染めないか等、
これは思想ではなく、もっと手前の身体の選び方です。
ただし、「将来はこの職業になる」とか
「この運命を生きる」と決定されているわけではありません。
高句麗始祖・朱蒙は、単に天才少年だったということではなく、
また王でも建国者でもない少年の身体が、
世界との応答の仕方を持っていたということでしょう
誰の幼児期にも、まだ説明できない向きがありました。
けれど大人になるにつれてほとんどの人はそれを忘れてしまいます。
まだ身体のどこかに残っている
「最初の向き」を、今日は演奏できればと考えています。
第二部「新しい中心」
おさない頃、まだ言葉を充分に知らないときから、
生命には向きがあるのではないでしょうか。
何を選ぶか、どこへ向かうかを頭で決めるより前に、
身体が先に反応します。
高句麗を建国した朱蒙は、七歳ですでに自ら弓を作り、
百発百中であったと伝えられています。
まだ王でもなく、建国者でもない少年の身体に、
すでに後の生き方につながる何かが現れていました。
朱蒙の物語は、すでにある中心に適応するだけでなく、
新しい中心を創るという生き方を伝えているように感じます。
中心とは、人の上に立つ場所ではありません。
人を従わせる場所でもありません。
一人の生命が本来の向きを取り戻したとき、
そこから人との関係が変わり、仕事が変わり、場が変わり、
今までなかった世界が生まれはじめます。
そのはじまりが「新しい中心」なのではないでしょうか。
第一部のメッセージを心に聴かせていただく先生のピアノの音、演奏からは風が吹き、懐かしい香りに包まれます。ここは三鷹の地であったとしみじみ思い出し、幼い頃から馴染み深かった懐かしい風が吹くのです。家の敷地には大きな木が立っていました。風が吹くと、木の葉がゆさゆさと揺れ、ある存在を感じていました。私の心の中に生き続ける光景です。先生に出会ってから大きな木が風に揺れあらわる存在は国創りの魂とわかりました。また以前コンサートで国創りの神を表してくださった時、幼い頃より知っている存在、風を感じ、大きな木が風に揺れあらわる存在は国創りの神であり魂とわかったのです。今日もずっと内に大きな木が立ち、国創りの風が吹いていました。蒼い風と表現する風、高句麗の風が吹いていました。まだ身体のどこかに残っている「身体の向き」を表現できれば。。。とのメッセージのお言葉を考えました。国創りに向かう生命の向きを内に感じました。
第2部にてある瞬間、ピアノの音が深く、厚く、力強く鳴り響き、ただならぬ存在が現れました。一瞬に朱蒙様とわかりました。悲しみの大河が見え、悲しみの極みを経験した朱蒙様の悲しみを湛えた瞳に言葉は交わさずとも通じ合い、涙込み上げます。
悲しみの極み
行く手も見えず
どう生きていくのか
立ち尽くすよりなく
ただ深い悲しみの淵に立つ
はるか彼方よりあらわれし御方
君
共に渡ろう
悲しみの大河を
その一言に生命は立ち上がり
渡るよりなし
戻る道はない
ただ共に川を渡る
水を超えたその時
大地はひらき
空はどこまでも高く
無限
新天地へと生命は飛翔する
悲しみの大河は我が内にあり
水底より水面を仰ぐ魂を見る
君と共に渡ろう
悲しみの大河を。。。
悲しみは
一気に飛翔する新天地にて
永遠に共に生きるはじまり
歴史の絵巻物を見ているようでした。鮮明に見える光景、「君 共に渡ろう」と呼びかけられ、考える間もなく大河を渡ったのです。一瞬にし拓かれた新天地は過去の苦しみも悲しみもすべて乗り越えた世界でした。こんな世界があるのかと驚き、希望の光が灯ります。ここでなら生きていけると新しい力を与えられました。
コンサート後に先生から朱蒙様が高句麗を建国した時も川を渡り、新天地へ行き、高句麗を建国したとお話しくださいました。確かにそうであったと改めて調べてみると建国神話でした。川は過去から新しい世界へと向かったことを表していたのだとわかりました。川を渡れなかった魂を内に見、気にかけているので、呼びかけていたのだと気づきました。先生のコンサートに身をおけたのですから皆で共に渡ろうと自然に呼びかける声が生まれます。そして危機にある今、先生のコンサートを皆様と共にたくさんの方々にお伝えしていくことが今皆で取り組むことと考えます。
ありがとうございます。
