先生の勝利
最後の瞬間,先生の勝利と言う言葉が(生まれました。
身体を置去りにしない。? き正直、自分の身体の不自由な事が改善するのかとか思っていましたが、そういうことではありません。
不安や恐怖から恐々何かをすることが自分を雜に扱うことではないのかと気付いたのです。
実は携帯の設定か勝手に 変わってしまってどうしても見れないサイトがありまたショップで見てもらわないと不安になりと行きののなかで外のことが手につかなました。帰りの夜行バスで携帯をていたら急に別の方り法で設定ができました!そしたら急に足がかるくなりそれまで私の足では恐くて我慢していたバスのトイレにも行けました。この事が雑に扱うにがことかもしれないと。
そもそもバスの往復で出掛ける事自体、普段をこえている。
コンサートに身を運ぶコトが自分を超えて行くこと。
