人生考えるかけがいのない「出会いの一日」
昨日は、書き込みにて内面を表現でき、嬉しい気持ちで投稿をクリックした瞬間、一瞬にし文章が消えてしまいました。その後は全く投稿できなくなり、しばらく格闘していました。偶然なのか、何かわかりませんが、今までも心の内を表現できたと感じる投稿はアップできないことが多かったので、今後は十分注意深く行うことを考えながら、内面を整理する時間となりました。今日は三鷹にて「出会いの一日」を開催させていただくので、より人生を考えました。会場に着くと、今日の花道のお花や木が準備されていて、早速花道作りからさせていただきました。先生が撮影してくださった高句麗の地の写真額が並ぶ道に木や花を飾るのです。高句麗の地に居るようで楽しいです。今日の上映会は内面奥深くまで辿りました。「麗花」の音楽が流れる空間に身を置くひと時はいつも幸せを感じます。人生を悩み苦しむ詩を皆様と共に聴きながら自分の人生を更に考えていける時間を持てる人生に感謝するのです。今日も様々なことを思い出したり考えました。続いて北京にて開催した高句麗伝説を上映させていただきました。多くを考えました。自分の内にある戦闘意識や闘争心、対立、分断等々、内に受け継がれた生き方も深く考える機会となりました。普通であれば解決できない過去から受け継いだ運命、生き方を解放していただき、新しい人生を生きていけるのです。只事ではありません。昔であれば敵陣のど真ん中で開催した「高句麗伝説」です。現代でも公安に見張られる中で何かあったら拘束される緊張の中で開催したのです。無事に開催でき、帰国する時、北京の空港で「台風の目は生まれた。いずれ中国全土にひろがる」と先生はおっしゃってくださったお言葉がいつも支えとなっています。「魂の語り」ではまもなく全土に広がり、人の心の扉がひらき、花が咲く兆しを即興詩に表しました。時は近いと感じることがうれしいです。たとえそうでなくても向かい続けます。
今日の道中はいだきを始めた頃を思い出しました。私はいだきをはじめてから今に至るまで、先生にお会いした方がいらっしゃらなくなることが考えられないことでした。どのような事情があっても先生にお会いしなくなることの理由は一つもないと考えるのです。コロナ禍と先生の入院が続き、お会いしない方が多くなりましたことも考えられないことです。今日は今からいだきをはじめるようにやっていく気持ちが生まれ、わくわくしました。いつでもどんな時でもいだきをゼロスタートからはじめていける人生は最高に幸せです。今は、ゼロではなく、共に生きる人が大勢います。高麗屋にて詩を詠む会の時にある方が、「先生が入院した時も皆で「出会いの一日」に集い、今も高麗屋に集い。。。」という内容の詩を詠まれました。今はたくさんの人が共に生きています。一人、二人、3人と一人ずつ増えていけばいいと聞こえたメッセージにうなずきました。まもなく今までの歩みが報われると見えることがうれしいです。先生が生命懸けで表現してくださいました世界各地での表現は確実に浸透し広がっていることが今日の語りの時に見えました。明日は東京での応用コースです。大変楽しみです。皆様と集えますことに感謝します。ありがとうございます。
