不自由の反対、自由
昨日のコンサートでは、2部で、際限ない自由のなかにいました。自由になる前に、心臓が突然、心臓はここにあるんだけどと言うように鼓動を打ちました。普段心臓の存在をわからないように生きていたと感じます。胃の存在は毎日自覚があっても、心臓の存在を体で感じることは疎かったです。心臓の存在を感じたあとに、コンサートの中で際限なく自由になっていくのです。本来はこのように生きられるのを知りました。アンコールでは自由のなかにある秩序、それがあってこその自由ということもわかっていきます。自由になると、自然とも一体でした。あとは勝手に自分を自分の頭のなかだけで不自由にしているだけ。その枠は何なのか、頑なな何かのせいにしているだけなのかも知れません。
