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またやり直す


年間3万人の自殺者数を何とかゼロにしたい思いで、自身の躁鬱賞を抱えつつ活動する坂口恭平さんの『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)をたまたま読んだ。簡単に著者が言いたいことは、「だれかに話す。(「いのっちの電話」に電話をかけてくれ)」「書き出す。」「やりたいことを少しずつやっていく。」の3点なのだが、それで「救済」されるほどのことだろうか、と思いつつも、やはりそこからしか道がないようにも思った。一人で抱え込み、悩んでいたり、隠れたりしないで、共に頑張っていこうよ!と呼びかけるのも「愛」の行為に違いない。

結構裕福だった子どもとき、「お前はお金の苦労をしたことがないから、なにも分からないのだ。人の苦しみも、生きることの大変さも。」と、親たちからよく言われた。その親が死に、家が傾き、それでも「金銭感覚ゼロ」で生きていたものだから、それからずっと金欠病に苦しんできたが、あまり成長はなかった。「物神化」という「共同幻想」の中で、苦しみ、もがいているばかりであることを、今日の高麗先生の書き込みで分かった。自殺に至るような道を進まず、愛を経験し、疎外から抜け出さなければならないのだ。
そう分かっていても、すぐに「お金がないから何もできない。」と思い込んでしまう。もし宝くじが当たったら、遠くのコンサートでも、外国でも行き、命輝かして生きていけるだろう、と夢想したりする。先日も「10億当たったら、その金で救急車を変えるだけ買って、全国に寄贈するよ。ただ、おれの名前を車体に入れてだけれどね。」という知人に共感したりした。だが、今になったら、むなしく、ちまちましていると感じる。やはり「金の有無」から抜け出さないといけないのだ。金銭の多寡だけじゃなく、年齢とか病気とか、性とか、に引っ掛かってものを考えないことだ、と自分い言って聞かせる。
学期末で、テスト採点や成績算出のことで多忙を極め、ついつい「書き込み」をさぼってしまった。読書も後回しにしている。ここからやり直そうと書きました。

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仙台高麗屋にて
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とき
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凄く美味しいそうです。グルテン解禁です。