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 連続コンサート 応用コース ありがとうございます。
 
 さくらホールのピアノ調律のお話から、あの日 だけではないけれど……特にあの日 音が全体から響いてくる 音の波が四方から響くような 地響き 音の中に自分が居るような体感であった事が合点がいきました。特に手をクロスされて弾かれていながら、音が解放されて溢れてくるような響きの手元が2階席にいたので、オンデマンドで手元のアングルを見ているようによく見えて、目が離せなかった事が思い返されました。

 右と言っているのに左の事を言っているというお話しから……もともと、内面豊かというのは自分の中にあっても、どこか妥協したような、枠 範囲の中 部分的な事である事は講座 コンサートの体感 経験から 感じられるようになり、逆に?講座 コンサートで琴線に触れるような体感のたびに、自分の中で、世の中 回りとは、折り合わない そぐわないとして、妄想か空想のように仕舞い込んでいたものが、スルスルと引っ張り出されくると…あれっ〜?と、どちらが本当の事だったのか…と、まさに右と言っているのに左の事を言っているような…一つの事の現れは全てが…というお話はまさに自分の状態と…笑ってしまいました。

先生か顕れるとみんな怖いと…高麗さんがおっしゃっていた事か感じられるような 自分の元々の性格?何か力んでやったり、かんばってやる事ができない…のにそれをそのまま出すのは怖いから肩肘張っている状態で、がんばっていないとやるから、いつも歯を食いしばっているように感じていたのだと…本末転倒 訳がわからないけど、ほんとに力が抜けたら…未知 たぶんそれが怖いと感じているのだと……
ただ 『究極的』と『究極』何事にも動じないというのは、答えを、頂いたような、触れるものを感じました。

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