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盛岡コンサートの高麗恵子語り 先生の『いだき』講座、ライブ配信 スペシャルな1日 ありがとうございます。

 衝撃と言うのか、ショックと言うのか、自分の状態の現れ…独りよがりと感じました。
特に言葉の事…書いて書いて整理しているつもりが気づかないうちに独りよがりになっていると…今のように、家にいる事が多く、人と接する事を控えて、思いっきり書けると書いて書いて、書ききった感じに浸ってスッキリしたような…それでも次の日にはまた書く事があって…逆に書けない時には止まっているとか頭が…とか…どこか書いていれば大丈夫と言うのがある。
 これをしているから大丈夫と言う事はないと…講座を受けてても感染することはあると言うお話し。ワクチンができたら解決するような考え方、囚人をつかった人体実験のお話…上手く言えないけれど、目に見えてない事への鈍感さ…見える事には反応して、見えてない事は無視しているつもりはないが反応が鈍い…と言うより無い 自分の中に含めていない 片手落ち 独りよがり。

 空間の横軸と言った時 生命ひとつと言った時 この瞬間 この空間と言った時 やっぱり自分の中に枠を作っている。今ある生命 今見える命を限定している。
全ての事、自分の目に見えてない全て この瞬間 この空間を共有している。それほどに広い空間。必然 歴史の縦軸も細長い枠の中。 全体を部分でしか見ていないから…片手落ちと感じる。

 36億年前に海の中で条件が揃って、エネルギーが注がれ原始生命細胞が発生した事 母の胎内に生命が発生する事 全体であっても部分でしか感じていない。
ワクチンを作る事が解決と思っている事と同じ。何故日本だけ海外のように、ロックダウンするほどオーバーシュートしないのか…数字だけ見て判断しようとしているのと同じ。書いて書いて整理した気になっても自分の目に見えてる事だけで、整理してスッキリした気になっているのと同じ。
 ひとつ頭を外したら、もう一回り大きいひとつ頭が現れたような感覚。
 流通の事も水の事もおもてに現れない人達のおかげで保たれている事をちゃんと認識していない、今までと同じ人に対する配慮ではためと先生がおっしゃっていた事が胸に浮かぶ。
マスクをしているから咳をしても大丈夫にはならない…と

高麗さんの盛岡コンサートの語りは、ほんとうに優しいまでに優しい音と詩を感じ、いろとりどりの光の玉が充ちている優しい空間の体感でした。

ありがとうございます。

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